社会的に破滅しても私たち三人のうち誰かを選んでもらえますか?

月白由紀人

プロローグ

第1話 プロローグ



 市立彩雲学園高等部。


 放課後の生徒会室。


 今、二人の男女が向き合っている。


 俺は二年二組の高坂清一郎(こうさかせいいちろう)。平凡な体格に平凡な成績。目つき顔つきが極めて悪いため、限られた僅かな生徒以外相手にしてくれないという特徴を除けば、どこにでもいそうな彼女いない歴=年齢の一般男子生徒だ。


 俺の前方に生徒会長の高城紗耶香(たかしろさやか)が立っている。


 高城紗耶香はこの彩雲学園高等部の二大美少女の内の一人だ。一年生の秋に生徒会長に立候補して見事当選。俺と同じ二年二組のクラスメートでありながら、この学園の生徒会長をも務める才色兼備の優等生。


 長いサラサラロングの黒髪に、上品さと優美さを感じさせるとても整った作りの面立ち。青のブレザーに同じく青色のミニスカートという制服姿も、そのみやびさを引き立てている。


 もちろん、超高根の花。


 紗耶香が誰にでも分け隔てなく柔らかに接するといっても、クラスでぼっちとは言わないものの、ほったらかしになっている俺にはとても縁のない生徒でもある。


 だがしかし。『ちょっとしたきっかけ』があって、俺は紗耶香に放課後の生徒会室に招かれていたのだ。


「来てくれてありがとうございます」


 紗耶香が綺麗な顔に、素直に嬉しいという極上の笑みを見せてくれた。


 すごくイイ。俺ごときにはもったいない微笑。見ているだけで心が弾んでくる。この笑顔を俺だけに見せてくれていると思うと、心も身体も自然と熱くなってくる。


 ちょっと冷静になれ、俺!


 確かに故あって俺はここにいるのだが、俺と紗耶香が美少女ライトノベルにあるようなシーンに突入するとは、ちょっと未だに考えられない。


 でも、と思い直す。

『ちょっとしたきっかけ』というのはかなり重要なことで。

 ギャルゲーにあるようなシチュエーションの前フリにはふさわしいもので。

 そういう展開になるのを期待してしまう俺がいるのも事実だった。


「昨日言った通り……大事なお話があって来ていただきました」


 綺麗なメゾソプラノが俺の妄想を中断させた。

 紗耶香は、心を落ち着けて勇気を握るように胸の前に拳を置き、真っ直ぐな意志のこもった瞳で俺を見つめてきた。


「高坂さんが私の『秘密』を知っているとは思いませんでした。でも、それでもなお、私とこうして普通に接してくれていることが……」


 紗耶香が僅かに目を細める。

 頬がかすかに染まっている。

 再び俺に目を向けて、力を振り絞ったという抑揚で言い放ってきた。


「とても嬉しいです」


 綺麗なまつげ。瞳がうっすらと潤んでいる。唇のピンク色が俺を誘っているように思えた。


 ちょっと待て!

 しっかりしろ、俺!


 確かに紗耶香の俺に対する『好感度パラメータ―』は100だ。それは『看破』で見抜いている。だが、こうもあっさりと、あの学園二大美少女の紗耶香が俺ごときに対して好意を示してくれるとは思っていなかったのだ。


 彼女というものに憧れ、彼女が欲しいと思って幾星霜。紗耶香の言葉に胸が高鳴り、心臓が鼓動を速めてゆく。


 これは……アタック成功でいいのか?


 俺は、いつの間にか口内にたまった唾液をごくりと飲み干した。


 紗耶香が赤く染まって上気した顔で俺に訴えかけてきた。


「高坂さん、私のこと、嫌いじゃないって言ってくれました。もう一度確認したいです。本当……ですか?」


「ええ……、本当です。俺は高城さんのこと……ずっと素敵な人だなって……思ってました」


 声がかすれる。途切れ切れになる。


 紗耶香の表情が嬉しそうに花開いた。目尻が下がって、唇がほころぶ。今にも喜びで泣き出しそうな微笑みに見える。


「高坂さん。私のこと……」


 言いながら紗耶香は――


 自分の青いミニスカートの裾に手をかけて――


「高坂さんの彼女にしてください!」


 言い放つと同時に、そのスカートを俺の前でまくり上げたのだ!


 紗耶香の言葉は期待していたものだったが、行動は想像もしていなかったものだった。


 え? っと思った。

 いや、今大事な告白の場面でしょ?

 その……なんというか……ピンク色のシチュエーションがあるなら、その後の展開じゃないのか?


 いや、今の俺は紗耶香のセリフを受けてドキドキの段階だ。まっとうな思考のできる状況じゃない。


 でもそれでもなお、品行方正な優等生生徒会長が繰り出した挙動としては、違和感がありまくりだったのだ。


「見て……ください」


 スカートをまくり上げたまま、紗耶香が恥じらうようにその顔を俺からそらす。

 耽美な造形の顔が、可愛らしくいじらしく染まっている。


「いや、見ろって。それダメでしょっ! 優等生美少女生徒会長として!」


「お願い……見て……」


 紗耶香がこちらに顔を戻して、ねだるように淫靡な抑揚を発する。


 思わず見てしまった!


 見てしまったが、自分の目の前で紗耶香がしている挙動が未だに理解できない。


 女の子の大事な部分を隠している、清楚な形の白い布。綺麗なホワイトで周囲をレースが飾っている。派手さはないのだが、ほんのりと男を誘う上品な色気も持ち合わせているデザイン。


 紗耶香から目が離せないまま……その羞恥の面立ちに、この美少女が何を考えているのかが理解できないで混乱に拍車がかかる。


「今日、高坂さんに告白するつもりだったので、清純系のものを穿いてきました。その方が高坂さんの好みに合って喜んでくれると思って」


 ぽっと、紗耶香の頬がリンゴの様に色づく。


 この段階で、頭の中の思考が回り始める。


 え?

 ちょっと?

 紗耶香さんなんで俺に見せてるの?

 ってゆーか、まずくない?

 見えちゃってるよ?

 つーかネット画像なら見たことあるけど、実物を目の前で見るのはもちろん初めてで、見せてるのも見てるのもまずくない?


 だんだん頭が回り始めて、同時に視界の光景に混乱と興奮と困惑と羞恥が芽生え始める。


 まずいだろ!

 ってゆーか、俺、目をそらせろ!

 女の子の大事な部分、見てちゃいけないだろ!


 と言いながら身体が固まって動かないのだが。


「朝家を出る時から授業中もずっと高坂さんに見てもらうの、想像していました。その方が……」


 紗耶香が顔を戻して、俺に対してニッコリと微笑んだ。


「興奮しますので」


 え?

 今、何ていった?

 興奮……する?

 どういうこと?

 と、目まぐるしく回転して止まらない俺の脳内。


 状況の理解が追い付かないのだが。


 どうしてこうなったかというと……三日前にさかのぼる。

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