第5話 ゴミ
「ラストオーダーです」
涼音は席の奥で文字通り涼しい顔をしており、手前の二人は相当飲んでいたので、だいぶ酔っ払いとなっていた。
「俺はいいかな。相沢君は?」
「僕もいいです。市原社長はどうされます?」
それに、涼音は黙って芽生を見つめてから、口の端をほんの少しだけ上げた。
「私はちょっと用事があるから、二人とも先に帰ってください。お支払いは私が済ませておきます」
へべれけな二人は、そうですかと言うとお礼を述べて立ち上がった。芽生は二人を玄関先まで見送ってから、戻ってきて涼音の前に立った。
「で、社長はラストオーダーどうします?」
「お前、クビになるとか考えないわけ?」
(さっきの紳士的な態度どこ行った!)
芽生は眉根を寄せた。
「考えましたけど、その時はその時です」
「この国で重要視されている、新卒採用が惜しくないのか?」
芽生は思わず両手を腰に当てた。
「惜しいですけど、今の時間はこっちの仕事優先なんです。仕事に優劣はないですよ。今できる仕事をするんです。で、ラストオーダーどうするんですか?」
「せっかちだな」
「閉店時間がありますからね」
「バイトなんかして、金に困っているのか?」
「ラストオーダー取りに来たのに、頼まないなら片付けますよ?」
それに、待て待てと涼音は片づけようと伸ばしていた芽生の手を掴んだ。
「お前面白いな。困ってるなら、金を払って俺が抱いてやる。お前みたいな生意気なのがどうなるか見てみたい……どうだ、このバイトよりも割がいいぞ」
あまりにも当たり前のように口説いてくるその態度に、芽生はムカッとした。涼しげな流し目で、お金をちらつかせて顔とステータスを武器に。格好いいから様になるが、言っていることはクズと同然だった。
「けっこうです。お金欲しいですけど、誰が、あなたみたいなゴミ男と寝るもんですか!」
それに涼音の方がきょとんという顔をした。
「断らないとでも思ったんですか? どんだけ自信があるんですか。そりゃあ、顔は良いですけど、顔だけですね。そんなこと言うクズに、私の初めてなんてあげません!」
「――お前、処女なのか?」
それを言ってしまってから、はっとして芽生は顔が真っ赤になった。学業と家のこと、さらに就職してからも仕事とバイトの掛け持ちで、恋愛はまともにしてきていないどころか、無縁の生活だった。
「へえ、面白いな。処女ならもっと高く出してやってもいいぞ。俺が初めてだったら、泊もつくだろ?」
「あなた、最低な男ですね。見損ないました。社長としては素晴らしいですけれど、男性としてはゴミです!」
それに涼音はけらけらと笑い始めた。
「なんですか? 私、何かおかしいこと言いました?」
「いや……俺に向かって、ゴミだのクズだのって……。それ、会社の重役たちが聞いたら卒倒するぞ」
「してもらって結構ですよ。私のクビを切るなり焼くなりどうぞお好きに。抱かれるよりクビの方がましだもん。庶民なめんなこのやろーです」
その芽生の言葉に、涼音はさらに腹を抱えて笑った。芽生はその様子をつまらなそうに見ていたが、涼音は一通り笑い終えてから、テーブルに肘をついて、そこに顔を乗せる。それだけで、その辺の女子が卒倒するくらいに色っぽかった。
「面白いな。じゃあさ、その庶民の味を試したいから、なんか作って持って来て。そしたら帰るから」
「いいですよ。庶民なめるな馬鹿野郎っていう料理持ってきてあげますから! この席片づけるんで、カウンターに移動して待っててください!」
啖呵を切って、いらない食器を持ってから、思い切りあっかんべーをして、芽生は厨房へと入った。
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