第1章
第1話 定時
「
「ほんと、周りの視線とか気にならない神経のずぶとさよね」
(――聞こえてるってば)
(業務違反しているわけじゃないし、他の子たちだって帰ってるのに)
そう思いつつ、会社のエレベーターで玄関フロアまで行くと、これから残業を始める営業マンたちが帰宅する芽生を見て、なんとも言えない顔をした。いいよな、総務は早く帰れて。言わないけれども、そんな声が今にも聞こえてきそうな顔だった。
(仕事していないわけじゃないんだし、むしろ残業しないほうが今どき美徳なのに)
芽生の言うとおりだった。今しがた芽生が去った事務職のフロアでは、早川主任がきちんと整理整頓して提出した芽生の資料を片手に持って、剣呑な顔をしているお局社員に「まあまあ」と声をかけていた。
「いいじゃないの。折茂は折茂、貴方たちは貴方たち。鬼社長に代わってから、残業はなるべくするなってことですから、さっさと仕事終わらせましょう」
「もうっ、早川主任は優しすぎます!」
「そうでしょ? もっと褒めてよ」
「褒めませんよ、つけあがるんですからぁ」
それを主任である
「うん、やっぱり折茂は仕事できるし早い」
資料を見てから、冬夜はうなずいた。他の人と比べても、パソコンに慣れていることもあってか、かなり仕事が早い。几帳面な性格が出ているようで、資料のまとめ作業もすんなりだった。
「仕事できるから、やっかまれちゃうのも仕方ないよね」
冬夜は苦笑いをして、他の人が終わっていない作業を手伝うことにする。主任がフォローを入れてくれているとはつゆ知らず、芽生は大急ぎで家へと向かっていた。
季節はまだまだ春に遠い。桜のつぼみが膨れるのはあと二ヶ月くらい先だ。肌寒い夜気は、しっとりと芳しく香り立つかのようだった。
川沿いを歩いて行くと、閑静な住宅街に入る。その住宅街の一角、入り口の緑が目立つ、淡いクリーム色の外壁のこじんまりした一軒家がある。
父の再婚と共に未入居新築で購入した、その一軒家が芽生の家だった。
すでに一階のリビングには明かりがついているのが見える。芽生は駆け足になって家の前まで急いだ。
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