プロローグ

「……社長、もう一回言ってもらってもいいですか?」


「俺の家に週末来いと言ったんだ。もう言わないぞ」


 突如、不機嫌な内線によって呼び出された芽生めいは複雑な顔をした。


「……冗談ですよね?」


「これが、冗談を言う人間の顔に見えるか?」


 芽生の目の前に座る社長は、涼し気な瞳で芽生を射抜いた。


「見えませんけど……」


 冗談じゃない。そう思ったのだが、芽生の複雑怪奇な表情をいとも簡単に見なかったことにして、勤め先の市原商事の社長である市原涼音いちはらすずねは、部屋の掃除と三食の食事で日給二万出すととんでもないことを言っている。


 芽生はただただ訳が分からなくて、痛み出した頭をかしげると、眉根を寄せて眉間に皺を深く刻んだ。


「で、やるのか、やらないのか? 俺はぐずぐずしてるやつが嫌いなのは、お前も知ってるだろ?」


「――やります!」


 鬼社長と呼ばれる涼音に、たてつくことは事はよろしくないことだと、いくら鈍感な芽生でも分かる話だった。


「じゃあ、契約の印だ」


 そう言ってスカーフと腕を掴まれて、あっという間に柔らかい何かに唇を塞がれた。それが、涼音の唇だと気がついた時にはすでに遅く、鬼社長の手中に見事に芽生は捕まえられてしまっていた。

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