舞台の裏で  « actor's feeling »




僕はいつも皆とは時間をずらして帰るようにしている。


帰路でまで連中に絡まれるのは面倒だし、それに一人のほうが何かと都合がいい。


だからいつも皆が帰るのを待って一人教室を後にする。今日も同じように時間をつぶしていた。が、珍しく今日は教室に僕ひとりじゃなかった。


僕は、少し離れた席に座ったままでいる小畑の背後をじっと見つめる。

小畑はまだ帰るつもりはないようだ。


何か言おうか迷った挙句、僕は何も言わずに小畑の前を通りすぎ、教室のドアへ向かう。


「ごめん…」


しかし、その時背後からした消え入りそうな小さなその声を僕は聞き逃さなかった。

小畑を振り向かないまま、僕は教室と廊下の境界線をまたぎかけた足を止める。


「ごめんね。僕のせいで君が標的になって__」

僕は拳を握る。なんで、なんで小畑が謝るんだ、君は何もしていないじゃないか。

それに、


「君のせいじゃない。君は悪くない」

思わず言葉が口を突いて出た。でもそのあとで思う。

あぁ、こんなことを言いたかったんじゃない。


一人唇をかみしめていると小畑が先に話し出す。

「でもビビッて今日まで君に声かけられなかった」

小畑の声が少し震えている。


それを聞いてようやく僕は小畑を振り返る。

「…めん__」

僕は小畑と目を合わせられなくて盛大に頭を下げる。


「ぇ…?」


「僕だって小畑の時、ただ見てたごめん!」


僕はこの一言がずっと言いたかった。謝りたかった、ごめん。

でも素直じゃない僕の口から出た三文字は、余計な言葉を引き連れて急ぎ足で過ぎ去ろうとしている。

僕の瞳は静かに雫をため込んで視界を鈍く霞ませた。


「ごめん。」

もう一度余計な言葉をつけずに言い直す。


あの時近くにいたのに何もできなくてごめん、仮面だったとしても笑ってごめん。

ようやく言えた、

そして言えた安心と緊張と不安とで心臓が高鳴り、体が熱い。


僕は小畑と同じ立場になって思った。あの時小畑が一番つらかったのはたぶん暴言でも暴力でもなくて、ただそれを見ているだけで、一緒んなって笑ってる僕らだった。


「ごめん。」

小畑がほとんど意味もなく反射で謝り始めたことにやるせなさを覚え、僕は一言言ってその場を切り上げる。


「もう大丈夫だから…!」

僕は今度はちゃんと小畑の目を見てそう言った。

小畑の反応も見ないまま、僕は小畑に背を向け境界線をまたいで駆けだした。


その言葉の真意は小畑には伝わらなかったかもしれない。


でもまあ、それでもいい。


ずっと心に引っかかっていた不安が取り除かれた気がした。

僕はこれからも演じよう。

ありがとう今の僕にしてくれて。


一人歩く帰り路もなんだかいつもより楽しい気がした。

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