登板 « school actors »
「おい!クズト、聞いてんのか?!」
後ろから頭をつかまれる。そんな大声じゃなくても聞こえてるよ。
こいつは苗村雪弥、元いじめっ子代表役。
体格がよく、一言でいうなら筋肉馬鹿。
「朝からやめとけってえ。」
背後からもうひとつ声がする。これはいじめっ子A、
「あれ?クズトなんか読んでんじゃん」
そしてB。名前なんていいだろ?
苗村の肩に手を置き、僕の肩にも腕を回してきて読んでいた本を取り上げる。
僕の席は一気に三人に囲まれた。
「返せよ」
きっと睨みつけると、「うわっ、おっかねぇ」といかにもわざとらしいセリフを使ってニヤニヤしながら取り上げた本を僕に投げつける。
ブァサッとページを折り曲げながら僕の二の腕に直撃した本は落ちた地面とぶつかってバンッと鈍い音を立てた。
ハードカバーの本は多少物理的に痛かったがこの程度、いちいち気にしていられない。
他の連中が何人か後ろでヒソヒソ笑いを立てる。
ちなみに、クズトというのはあいつらが僕を蔑むために使っているあだ名。僕の本当の名前はアキト、霧島彰人。
もし本当にクズトなんて名前だったら僕は親を一生恨み続けるね。
ブックカバーが外れた本の表紙を見て誰かがさらに持ち上げる。
「シェイクスピアとかお前女かよ」
いや、シェイクスピアは男だよ。と言いたかったが口には出さず、僕は無視して落ちた本に手を伸ばす。
が、本まであと少しだと思ったとき誰かの足が見え、蹴られた本は1メートルほど遠のいた。
僕は仕方なく体勢を一度起こして静かに席を立ち、本の上にしゃがみ込む。
すると頭上で声がした。
「お前ほんっとクズトだわぁ」
クラス中に聞こえるようにわざと声を張り上げる。
背後で僕を見下ろしているのだろう、そして少し高めで何度も聞かされたこの声は、
龍ケ崎望だ。
僕は背を向けていて顔は見えないが、あの少し切れ長の目で嫌な笑みを浮かべる龍ケ崎を、僕は容易に想像できた。
そしてきっとさっき本を蹴ったのも龍ケ崎。
こいつが現いじめっ子代表、龍ケ崎望だ。
今このクラスでこいつ以上の権力を持つやつはいない。
底辺レベルの我が校ながら成績は優秀で武道も段持ち、
クラスを統治するリーダーにはもってこいの経歴だ。
今までクラスの前線に立ってこなかったのが不思議なくらいに。
背後でクラス連中のヒソヒソ笑いが一層大きくなる。
僕は拾い上げた本のほこりを払い、ブックカバーを付けなおす。
「オラァー、全員席につけー」
1幕終わるのを待ってか、タイミング良く教室の前のドアが開く。
龍ケ崎たちはそれぞれの席に戻っていき、僕も立ち上がって席に戻る。
その時、ほんの少しだけ教室に入ってきた人物と目が合ったような気がしたが、何事も無かったようにスルーされる。その人物は教壇に立ち、生徒の着席を促す。担任だ。
あいつはきっとさっきのことも見ていたはずだ。あいつは僕がいじめられっ子に就任したことを知っている。僕があいつにそれを告げないことをいいことに見ないふりを決め込んでいるらしい。
それともこれを大したことでないと思っているのだろうか?
それなら教師のくせにとんだ阿保だよ。
僕たち学生にとって、生きる世界の全てがここにある。広大な宇宙の中の小さな星の小さな国の小さな学校、その中でもこの小さなクラスだけ。
それが僕らの世界の全てであり、戦場なのだ。勝つか負けるか、とどのつまり失敗、それは死も同然で。
家庭や職場以外にも自由に逃げ道を作れるお前たちと同じにしないで頂きたい。
「はぃ~、今日の連絡は以上だー。今日も羽目は外さないようにー、」
いつもと同じ気だるげな担任の気だるげな朝の連絡が終わった。
そうしてあいつは何事もなく教室を出て職員室へ戻っていく。
たとえ誰が罵られていても、モノを投げつけられていても、今までみたいにこれからも、善人な教師のフリをして。
大人はいっつも理不尽だ。
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