第12話 路地裏と出会い

「菊池君……何しようとしてたの?」

涙で震えた声で一ノ瀬は問う。

そんな一ノ瀬とは対照的に日向はいたって冷静に答えた。

「何って、君も見たんだろう?人が自殺したいとき以外にカッターナイフを首に突き付ける理由があるかい?」


「そんな、自殺なんてしちゃだめだよ……」

「うるさいなぁ、そんなの死にたいなんて思ったことが無いから言える綺麗事だろう?そもそも君は何でこんな所に居るんだよ。」

「それは……さっき路地で見かけて、何だかボーっとしてたから心配になって追いかけてきたらこんな事になってて……」


一ノ瀬から発せられる言葉はとてもたどたどしいものであった。

それとも一ノ瀬でなくとも知り合いが自殺しそうになっていれば誰しもこう焦るものなのだろうか。


「とにかく、自殺は良くないからさ。その、やめようよ。」

心配そうに彼女は言うが日向の元に思いが届くことは無かった。

「何今更甘い事言ってるんだよ。あの時は俺の事を散々無視したくせにさぁ!」

日向は突き落とすような態度でこう言った。

その言葉をきっかけに一ノ瀬はボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。この前、道端でばったり会った時と同じだ。


「それは……本当にごめんなさい。」

一ノ瀬はその場に泣き崩れてしまった。心が少し痛む。

「何度謝ったって許してくれないことは分かってる。むしろ許してくれない方が良い、私はそれくらいの事をしたし何よりあなたが許してくれない事が唯一の罪の償い方だと思うから。」

彼女は吐き出すようにして言葉を出した。


「ずっと後悔してた、私の所為であなたが虐められて、それなのに私は見て見ぬふりをして。」

嗚咽交じりに彼女は続ける。日向の中の後悔の感情が段々と大きくなってきた。

彼女は原因であったものの日向を虐めるようなことは一切しなかった。それなのに彼女に対していつまでも怒っている自分がどうかと思った。


しかし、彼女が自分の事を見て見ぬふりをしたのもまた事実だ。それでこのまま今までの事は水に流します。だなんて言えるほど日向は強い人間ではなかった。


「都合よく罪滅ぼしにしたいわけじゃない。わけじゃないけどあなたの心情を私は知りたい。教えてほしい。」

目元は涙で赤くなっていたものの彼女の目ははっきりとしていた。

「お願い、そのカッターナイフを放してこっちに来て?」


本当に彼女を信頼していいのか、そっちに行っていいのか。

そうやって頭では反対していたものの、体は一ノ瀬の言葉に従っていた。

鞄にカッターナイフをしまって日向は路地裏から出た。あまり長い事そこに居たわけでもないのに外に出ると明るくて少し眩暈がした。




一ノ瀬に連れられ、駅前にあったファミリーレストランに入った。中は閑散としていて二人はすぐに席へと案内された。その間ずっと言葉は無かった。

「やっぱり中空いてるね。」

彼女は何時もと変わらぬ様子で言ったが少しだけぎこちなさが残っているのを日向は見逃さなかった。


「まぁ平日だからね、それなのに何で一ノ瀬さんみたいな真面目な人がこんな所に居るのかって話だけど。」

少し嫌味っぽく日向が言うと一ノ瀬は少し俯いてゆっくりと言葉を発した。。

「なんか、最近唐突に学校が嫌になるの。でも家はお母さんの目があって居づらいし、だから今日みたいに家からちょっと離れたところを散歩して暇つぶししてるの。」


とても意外だった。


というのも日向の記憶では中学の頃の一ノ瀬は頭もよく、決して学校を休むような人間ではなかったはずだ。

そんな彼女も自分と同じように学校を嫌っていることが意外であった。

しかし少し顔を下に向けたのは自分と違って彼女がまだ学校を休むことに対して罪悪感を抱いているからだろう。


「へぇ、一ノ瀬さんもそんな気持ちになるんだ。」

そう言うと彼女は目を少し輝かせて「菊池君もそうなの?」と聞いてきた。

その言葉に小さくうなずくと安心したような表情を彼女は浮かべた。


「良かったー、こんな事周りの誰にも言えなくてほんとに困ってたんだよ。」

彼女は笑ってそう言った。だから不登校になった理由が中学の頃が原因であることは黙っておいた。


「で、本題なんだけど……」

通された水を一口飲んだ後一ノ瀬が重々しく口を開いたので周囲の空気も自然と重くなった。

「君が何であそこまで追い詰められたのか教えてほしい、力になれるのかも分からない、それで罪滅ぼしがしたいわけじゃない。だけど良かったら教えてほしい。」

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