第11話 生の価値
帰りの電車に揺られて日向は一人思考に耽った。
どうにかして彼女を病魔から救ってやりたい。次々と方法自体は浮かんでくるもののそのどれもが現実的でないという理由でシャボン玉を割るようにして頭から消していった。
実のところ病状は全く悪く無くて自分をからかう為に叶が一芝居を打っているんじゃないか、そんな素っ頓狂な考えも浮かんだが彼女はそんなつまらないことに涙を使う様な人間じゃない事くらいは日向も知っていた。
結局は笑顔で彼女の事を見送ってやるのが礼儀であり一番彼女の為になる事なのだろう。そうして電車を降りる頃には一つの結論に至っていた。
明日も病院に行って彼女とちゃんと話そう。後悔の無いように。
次の日、日向は学校を休んで決心した通り病院へと足を運んだ。叶とより長い時間話したかったのだ。元は不登校の身なので休むことに対して抵抗は無かったもののこうして外を出歩くと少し罪悪感を感じるようになったしまったのは学校がある生活に少し順応してきた証拠だろう。
昨日と同じ様に受付で面会許可を貰い彼女の居る病室へと赴く。
日向はこれまた昨日と同じ様にドアの前に立ち二回ノックをした。
しかし昨日と同じ様に返事が返ってくることは無かった。
「菊池です、中入るよ。」
一言そう断って日向は病室へ入った。彼女はぐっすりと眠っていた。
日向は花瓶に持ってきた花を生け、少し叶の顔を見た。
眠っている彼女は苦しそうな様子も全く無く、何も事情を知らない人が見れば彼女のすぐ傍まで死が迫っている事なんて気づきもしないだろう。
起こすのも悪いのでさっき買ってきた見舞いの果物だけおいて帰ろうと思っていた矢先、彼女の声が聞こえた。
「まだ、死にたくないよ……」
聞き取れるかどうかくらいの小さな声であったが彼女は確かにそう言った。
「大丈夫、辻崎さんは絶対に死なせない。」
きっと夢の中の彼女には聞こえてないだろうがそれだけ言って日向は病室を出た。
病院を出て、日向は駅の方向とは真逆の方向に足を進めた。
何処に行く当てもなく、ただひたすらに知らない景色の中を彷徨った。
数十分歩いたところでビルの間の人通りの少ない路地に入った。
用心深く辺りを見回す。さっきまで居た通りにたくさんの人の往来が見えた。
人のいないこの路地裏が何だか向こうとは別世界のように思える。
日向は背負っていた斜め掛けの鞄から向こうの人には見えないようにそっとカッターナイフを取り出した。
(意思表示カードは財布の中に入れたし、遺書も書いた。これで大丈夫だよな。)
カッターナイフを静かに首元に宛がう。見上げた空は曇天で不服だったが今更そんなことを言ってられる暇もない。
日向が考えた叶を救う最善の手段……自分の臓器を叶に移植することだった。
そのために日向は叶の病状を聞いた時から準備を進めていた。
あの頃は本当にこの方法を使うだなんて思っていなかったが、ほかに彼女を救える可能性のある選択は思いつかなかった。
もちろん未成年の臓器提供には保護者の同意が必要だ。増して日向の臓器が必ず叶のもとに届くという確証も無い。
しかし臓器提供の旨は鞄に入れている遺書にしっかりと書いた。親もきっと息子の最後の言葉なら聞き入れてくれるだろう。
それでも確実とまでは言わなかったが日向の中には絶対の自信があった。
刃が少し首に飲み込まれる。刺したところがジンと熱くなるのを感じる。
生きたいのに先の無い君と死にたい僕。これほどピッタリな巡りあわせもそうは無いだろう。
しかし今思えば最初から運命は決まっていたのかもしれない。
死んで叶に会えないのは悲しかったが彼女の中で生き続けることが出来るなら本望だ。
このまま一思いに行こう。そう思い手に力を込める。
それからは時間にしては一瞬だったのだろうが、日向にはとてつもなく長い時間のように感じられた。これが走馬灯というものなのかもしれない。
カッターナイフを一思いにぐっと突こうとしたその時、日向は背中を何者かによってドンと押された。手からカッターナイフが離れコンクリートに落ちる。
起き上がって後ろを見る。そこには涙を流した一ノ瀬が立っていた。
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