第9話 病室にて
叶との面会が許されるまでの一週間、今までと違って全く味のしない日々を日向は過ごした。
しかし、放課後の美術室が無くなったからなのか無味乾燥な日々は一瞬にして過ぎ去って気が付いた時には七日経っていた。
彼女が搬送されてからちょうど一週間が経ったその日、日向は学校が終わってすぐ電車に乗り込み、病院へ向かった。
彼女に会って何を話すべきなのか、日向なりにも一週間考えたものの結局答えなんて出てきはしなかった。
「はい、辻崎さんですね。3階、305号室になります。」
淡々と受付を済ませ面会証を受け取り、叶の居る病室へ向かう。
(……とりあえず挨拶から始めよう。)
病室の扉の前でそれだけ決意して、日向は軽く二回ノックした。
中から「どうぞー。」と声が響いた。
扉を開けると、入院着を着た叶がベットに寄りかかるように座ってこちらを見ていた。
一週間前より少しだけ顔が細っていたものの血色は悪くなく、入院している以上健康体とは言えないものの元気そうであった。
「ひ、久しぶり。具合はどう?」
「んー悪くはないよ。ぼちぼちって所かな。」
顔色にも裏打ちされているように、叶はいつも通り、学校で会った頃と変わらない調子であって日向は安心した。
「そこで立ってないでこっちに座りなよ。」
日向は叶に促されるままにベッドのそばの丸椅子に座った。
「やっぱり来てくれたんだ。色々と迷惑掛けちゃってごめんね。」
叶はそう言って笑ったがその笑顔にはどこか暗い部分があった事を日向は見逃さなかった。
想定通り……と言ってしまったらあれだが結局日向には掛ける言葉が見つからず、二人の間に少しの沈黙が流れる。
「あのさ……また絵、描いてくれるよね。」
何か話さなければとやっとの思いでひねり出したその言葉に対する彼女からのレスポンスは無かった。
「退院したらさ、今度こそちゃんと見せてくれるんだよな?まだ僕あの絵見てないしさ……」
「先生から何も聞かなかったの?」
今までに聞いたことがないほど低く、そして鋭い声だった。
その声に気圧されてまた言葉に詰まる。
「悪いけど私があの美術室に戻ることは……それどころかこの病室から出る事すら多分もうできない。」
叶はさっきから俯いたまま顔を上げる気配すらない。
その様子は今までの明るい彼女とは真逆であった。
「ねぇ、君は先生から何処まで聞いたの?」
低い声で叶が尋ねる。
「……病気の概要と今の病状だけ。」
「そう……」
また少しの沈黙が流れる。
「でもさ、お医者さんとかって結構大げさに言うからさ、そんなもう死ぬみたいに言わなくたって……」
日向の慰めはかえって彼女の心を深く鋭く突き刺すこととなった。
「君に私の何が分かるの!?」
甲高い声が病室内に響き渡る。
睨みつけてきた彼女の瞳には大粒の涙がいくつも流れていた。
「でも、もしかしたら治るかもしれないじゃん……」
「もしかしたらなんて事ももう無いよ!」
嗚咽交じりに彼女は叫ぶ。
「昔からずっと言われてきた、生きてるだけでも奇跡だって。だからもっと奇跡が起こるかもって嫌いな薬も、痛い手術も何回も受けた!二年近くこの病院で過ごしてきたことだってあった!でも治らなかった!もう奇跡なんて起こらないんだよ!もしかしたらももう無いの!」
そこまで言って彼女は力無さそうにまた俯いた。
「君に一体何が分かるんだよ……」
声に怒気さえ籠っていたものの小さな肩をふるふると震わせて泣く彼女に日向は一言「ごめん。」と謝る他に掛ける言葉が見つからなかった。
「……ごめんね、せっかく来てもらったのにこんな感じで。」
暫く経って叶は落ち着いた様子でそう言った。
「いや、こちらこそよく知らないのに勝手なこと言ってごめん。」
日向も自分のしたことを謝罪した。
「ねぇ、私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」
なんの前ぶりも無く彼女は尋ねてきた。
「そりゃまぁ、そんなに時間も経ってないしね。」
一か月前、快晴、学校の屋上。
あの時叶と出会ってなければ日向はもうこの世には居ないだろう。
そうやって命を救ってくれた彼女から出てきた言葉に日向は度肝を抜かれた。
「実はね、あの日私も死のうと思ってたんだ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます