第8話 真実は残酷なもの

病院に着くと担架に担がれた彼女はすぐに集中治療室へと運ばれていった。

手術中と赤いランプが彼女の運ばれていった部屋の入口に灯る。

彼女の命を現すようなその輝きはより一層、日向を心配させた。


「菊池、お前親御さんに遅くなるって連絡入れとけ。多分あと二時間は帰れないだろうからな。」

そう言った顧問の先生はさっき看護師さんから渡された用紙を黙々と埋めている。

日向は言葉を返すことも無しに静かに自分のスマホを開けた。


三十分くらい経った頃だろうか、音もたてずに赤いランプが消えた。

しかしその先から人が出てくる気配は一切無い。

日向の頬を冷たい汗が流れる。


「辻崎さんの同伴者の方々でしょうか?こちらへどうぞ。」

そう言って看護師さんが迎えに来たのはランプが消えてから十分くらいしてからだった。


案内された部屋には医者が一人、カルテをじっと見つめていた。

「どうも、主治医の深井です。」

深井と名乗るその医師は傍らの書類の上に見ていたカルテを載せてこちらに向かって小さく会釈をした。


二人は会釈を返し、医師の前にある椅子に腰かけた。

「すみません、先ほどまで辻崎さんの親御さんにご説明していたもので遅くなってしまいました。」

「いえいえ、それよりも辻崎の様子はどうでしょうか?」

落ち着いた口調で先生が尋ねた。


「容体は安定していますがこれから先どうなるか分かりません……とりあえず一か月は入院してもらうことになるでしょう。」

「そうですか……やはり原因はあれでしょうか。」

「そうですね、いつもの発作が急に悪化したのではと考えています。」

「すみません、私の監督不行き届きで……」


原因?いつもの発作?日向には何が何やら全く分からなかった。


「先ほど原因追及の為に辻崎さんの鞄の中を見せていただいたのですが、どうも今日の分の薬を飲んでいなかったみたいで。辻崎さんが倒れた時の状況を詳しく聞かせていただきたいのですが……」

「あぁそれなら私じゃなくてこちらの生徒が傍に居たのでよく知っていると思います。」

そう言われたものの日向は未だに何が何だか全く掴めていないままでいた。


「あの……さっきから発作だとか薬だとか良く分からないのですが……辻崎さんはどうして倒れたんでしょうか?」

耐え切れなかった日向が疑問を発すると医師も先生もギョッとした表情でこちらを見てきた。


「菊池、お前辻崎から何にも聞いてないのか?」

「は、はい、特に何も聞いてないです。」

顧問の先生はどこか怒りも混じったようなため息を吐いた。


「恐らく辻崎さんはご友人に知られるのが嫌だったのでしょう。彼女も時々そんなことを零していましたから。病状については私から説明いたしましょう。」

深井先生はそうやって静かに話し始めた。


「辻崎さんは生まれつき心臓を患っていました。それも心臓病の中でもかなり重篤な症状の物です。我々の見立てでは余命も後一年あるかどうかというところです。」

「そんな、手術でどうにかならないのですか?」

「確かに手術で完治した、という例もあるのですが世界でも成功例が指で数えるほどしかなく、何よりも国外にしか設備がなく莫大な手術費用が掛かるので手術が行われるのは絶望的かと思われます。」


余命一年。手術を受けることすら絶望的。先生から聞いた言葉の全てが日向の頭の中で渦巻く。

彼女にはもう死ぬしか道が残されていない。そう言われているも同然だった。


「じゃあ、辻崎さんはもう死ぬしかないっていうのですか!?」

日向は思わず立ち上がった。ガシャンと丸椅子の倒れる音がする。

「そういう訳では……」

「誰がどう聞いたってそういう事でしょ!?」

「菊池!!」

先生の一喝に日向の口は竦んだ。


「先生も看護師さんも必死に手を尽くしてくれている。なんも知らねぇお前が適当なこと言ってんじゃねぇ。それに実際に一番戦ってるのはお前じゃねぇ、辻崎だ。お前の簡単な言葉で辻崎の今までの努力を否定するのか?」


頭がどんどん冷めていくのを感じた。

今しがたあらましだけを知ったばかりの僕が義憤でしかないし増してやその権利が有るはずもない。

日向は倒れた丸椅子を直し、静かに座った。


「……すみませんでした、急に声を荒げて。」

「いえ、我々の力だけでは辻崎さんを救えないのも事実です。本当に申し訳ありません。」

深井先生は握りこぶしを膝の上に立て、悔し気に俯いた。

本当に今まで様々な手を尽くしてきたのだろう。しかしそのどれもが彼女を病魔から救うに届かなかったのだろう。


「……彼女は美術室で絵を描いているときに突然倒れました。時間は確か六時半くらいだったかと思います。その時は少しだけ意識がありました。それから、職員室に彼女を抱えて向かって、救急車を呼んでもらいました。」

一つ一つ思い出し、確かめるように日向は言った。


それから幾つか、最近の叶の様子などを質問されその日は帰された。

日向と顧問の先生が病院から出たときにはもう八時を回っていて、先生の付き添いの下、日向は電車で帰宅した。


「じゃあな、気を付けて帰れよ。」

先生とは最寄り駅で別れて日向は家までの道を一人、歩いた。


深井先生が言う事には叶との面会が可能になるのは一週間後になるらしい。

しかし一週間後、行って会ったとして何を話せば良いのか日向には分からなかった。

(どうすれば彼女の助けになれるのか。)

様々な方法が頭の中で浮かんでは消えた。

(とにかく一週間後、会いに行こう。)

結局家に着くまで、それ以上に最善な答えが出ることは無かった。

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