第7話 完成日
「聞きたまえ菊池君!何と今日はこの絵の完成日だよ!」
いつもの様に美術室に入ると突然叶がそう言った。
「完成日って、そんなの聞かされてないけど。」
「そりゃあ、私が言ってないからね。」
「せめて完成日くらい教えてくれたっていいじゃん。」
日向が抗議すると叶はへへっと笑った。
「だって描き終わったら君が死んじゃうんかもしれないんでしょ?そうなるとなんか死刑宣告みたいで嫌じゃん。自殺教唆とか疑われても困るし。」
エプロンに着替えながら叶が言う。
「まぁそういう訳で、今日は記念すべき日でありながら、今までで一番気合を入れてかからなきゃいけない日だから、よろしくね?」
結局いつもの様に上手く丸め込まれて、反論も出来ないままに日向は椅子に座った。
「君のこの構図も今日でお別れとなると、やっぱり悲しいね。」
筆を立てて、しみじみと叶は言った。
どうやら本当に今日で終わりらしいと日向はそこで再認識した。
しばらくの間無言が続いた。
最後の仕上げという事で叶は今までにないほどに緊張した面持ちで書き足しては、しばらく考え、また書き足すを繰り返していた。
そんな叶の雰囲気に呑まれ日向も言葉を発さないまま、五時半を迎えた。
普段ならここで解散の時間なのだが、今日とばかりはそうはいかない。
「ごめんね、どうしてもここの色が納得いかなくてさ。もうちょっと掛かりそうなんだけど時間大丈夫?」
「全然、むしろ僕も今日で終わらせてくれないと何だかスッキリしないしね。」
「ありがとう、じゃあ遠慮なく描かせてもらうね。」
そう言って叶はまた集中モードに入った。
そんな会話をしてから四十分が経った頃、叶の表情が一気に明るくなった。
「出来た……ついに完成だよ!菊池君!」
叶は飛び上がる程のテンションで日向に告げた。
「お疲れ様、僕にも見せてよ。」
「良いけどただ見せるだけじゃ味気なくない?という訳で、はい、後ろ向きましょうねー。」
エンターテインメントがここに必要なのか日向には理解できなかったが乗らない限り叶が絵を見せてくれないという事はここ一か月の感覚で分かり切っていたので日向は素直に後ろを振り向いた。
ガタガタと叶が絵をイーゼルから外す音が響く。
そのすぐ後に何か物が倒れるような音がして美術室はしばらく無音に包まれた。
「なぁ、もう振り向いても良いのかい?」
おかしい、と思った日向が問う。
しかし、その問いにに対する返答が一向に帰ってこない。
「辻崎さん?良い?もう振り向くよ。」
日向はしびれを切らしてついに振り向いた。
そこには裏返った台紙と苦しそうに喘いでいる叶が倒れていた。
「辻崎さん!!大丈夫!?」
日向は慌てて叶に駆け寄った。
叶はハァハァと荒い息を吐きだして喋る事すらままならない様子だ。
「辻崎さん……保健室……いや、ここからなら職員室の方が近いか。」
そう言って日向は叶の腕を肩に掛け、美術室を出た。
いつもは人通りが少なくて静かで良いだとか言っていた廊下も今ばかりは憎らしい。
「菊池君……やっぱり君は良い人だね。」
職員室へ向かう途中、叶は日向の横で息も絶え絶えにそう言った。
「そんな、自分が死ぬみたいなこと言うなよ!」
「そうだね……ごめんね……」
叶はそれだけ言い残してまた黙ってしまった。
「先生!!辻崎さんが!!」
やっとの事で着いた職員室で日向がそう叫ぶとまず初めに駆け付けたのは美術部の顧問だった。
「辻崎!!大丈夫か!」
走って駆け寄ってきた顧問の先生は叶を寝かせるようにと日向に指示して救急車を呼んだ。
叶の息は何とかまだ続いている。
日向は救急車が来るまでの数分間叶に声を掛け続けた。
「辻崎さん!後もう少しで救急車が来るから!後もう少しだから!」
「菊池!そこをどけ!」
やっとの事で来た救急隊員に日向は道を譲り、自らも顧問の先生と一緒に救急車に乗り込んだ。
「辻崎さん!今、病院に向かっているから!もう少し頑張って!」
必死に声を掛けるも叶は荒い息を繰り返すだけで返事をしてはくれない。
「辻崎さん!頑張って!」
日向には同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
病院に着くまでの15分程、気が遠くなるほど長かった。
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