第6話 描かれるという事
「そういや昨日の答えは出たの?」
いつも通り美術室に集まるや否や叶はそう尋ねてきた。
「うーん、まぁね。」
「ほんとに!?教えてよ。」
そう言われて日向は昨日考えていたことを叶に話した。
「描かれることが生きる理由かぁ、何だか恥ずかしいけど嬉しいな。」
そう言って叶はニコッと笑った。
「そういえばそっちの方はもう完成しそうなの?」
日向の聞いたそっちの方……とはもちろん今書いている絵の方だ。
実は色を付け始めてから日向は一切書かれている絵を見ていない。
叶曰く、「見ちゃうと君、映えようとして変に意識しちゃうでしょ。それにモナ・リザのモデルだって最後まで自分がどんな風に書かれているか知らなかったらしいよ。」
との事らしい。実際モナ・リザの下りが本当かどうかは知らないがそういう訳で日向は自分の書かれている絵の内容を知らない。
「あー、そういえば君には一切見せてなかったね。まぁもうすぐ完成するってことは伝えれるかな。」
「本当に完成まで見せないつもりなんだね……」
「だって見せたら君満足して死んじゃうかもしんないでしょ?もう、マンボウよりも短命なんだから。」
どうやら叶は絵を見せるつもりは一切無いらしい。
だから日向もそれ以上追求せずに静かにモデルを続けた。
しばらく二人の間で沈黙が続いたが、十分もすれば叶が口を開いた。
「さっきさ……描かれる事が生きる理由って言ってたよね?」
「あぁ、そうだね。」
「じゃあさ、今、楽しい?」
楽しい……?と聞かれてもただ座っているだけだ。とても楽しいとは言い難いかもしれない。
だけど日向は叶と二人で他愛もない話をしながら絵を描くこの時間が好きだった。
二人の間を流れるのは話声を除けば画材の匂いとペンをすらすらと走らせる音のみ。
美術室なのだからそれくらいしかないのは当たり前でしかないのだがそれだけでも日向には居心地がとてもよかった。
「まぁ楽しい訳ではないけど、悪い気分ではないよ。」
「そう、それは良かった。もしかして死にたくなくなっちゃった?」
少しそっけなくした日向を見て叶は意味深にフフッと笑ってそう言った。
「確かに生きるのも少しは悪くないかな。」
この美術室は日向からその言葉を引き出すのに十分だった。
「そうでしょ?やっぱり死ぬのなんてやめなよ。もったいないよ。」
一瞬、叶とさえいれば死ななくてもいいんじゃないかと日向は思った。
しかし、気の迷いとして日向はその感情を切り捨てた。
「いや、僕は今でも隙さえあれば渡り廊下から飛び降りて死にたいと思ってるよ。」
「もう、何でよ。ほんとに素直じゃないなぁ、君は。」
「素直だよ、僕は。だってこれが本心なんだもん。」
そう言って日向は何とかごまかした。
叶は「やっぱり傲慢だなぁ。」とブツブツ言いながら色を塗っている。
「大体君は何でそんなに僕に生きててほしいのさ。」
ぶっきらぼうに日向は尋ねた。
「え?願っちゃダメなの?」
「いや別に君が僕にどんな理想を抱くのも勝手だけどさ。何でそんなに僕に生きてほしいって何度も言うのかなって。」
「うーん、君が生きてるからかな。」
「そんなの、君だって生きてるだろ。質問の答えになってない。」
「そうだね、でも絵を描いてる時の君、ホントに生き生きしてるよ。まるで描かれるために生まれたみたい。」
「褒められてんのかどうか良く分かんないな。」
「褒めてるよ!」
そんな会話をダラダラと続けてるうちに気づくと活動門限に近づいていた。
最近は日が落ちるのも早くて、学校から家が離れている日向は家に着くころには夜になっているのもザラだ。
「じゃ、今日の活動はこれで終わりね。お疲れ様!」
そう言って日向はいつもと同じように美術室を追い出された。
「じゃあね、気を付けて!」
そう言って叶は美術室の出口まで日向を見送った。
一人だけになった美術室で叶は着々と後片付けを進めた。
パレットに付いた絵の具を手洗い場で洗い流す。白、黒、青と色のついた水が下に流れては排水溝に吸い込まれていった。
パレットを片付けた後は、イーゼル、エプロンと物を次々に運んで元あった場所に直していく。こういう風にしてちゃんと直さないと気が済まないのが叶の性分だ。だから日向に片づけはさせない。気持ちは嬉しいが、引き受けて相手の気を悪くさせてしまっては本末転倒というものだろう。それに叶が日向に片付けを手伝わせない理由はもう一つあった。
叶が美術準備室から出たとき、美術室の時計はピッタリ六時を指していた。
(あ、もうこんな時間か……)
机の上に置いてあった鞄から叶はポシェットを取り出して、その中から錠剤を取り出した。
(ほんと、毎日毎日めんどくさいなぁ)
内心そう思いながら錠剤を口に含み、水筒のお茶で流し込んだ。
薬を飲みこみ、そのまま美術室の鍵を閉めた
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