第5話 死にたい理由と生きたい理由

二人で絵を描き始めてから一か月ほど経った。

最近では外を歩く度秋風がほんのりと顔に当たって涼しい。


「そういえばさ、君はこの絵が描き終わっちゃったらやっぱり死んじゃうの?」

いつも通り美術室で絵を描いてる時、叶は何の前ぶりも無くそう言った。

「うーん、どうだろうね。でも少なくとも生きる意味は無いよな。」

日向はあいまいに返した。


「大体君は生きる理由があるのかい?」

「うーん、確かに生きる意味なんて考えたこと無かったな。強いて言うなら絵を描くためかな。まぁそもそも死にたいって思ったことが無いけどね。」

日向の問いを叶は笑って返した。


「ところでさ、本当は生きたいのに死んじゃう人だっているのに自分で死ぬなんて傲慢じゃない?」

「そうかな、僕が死ぬのをやめてもその人が救われるわけでは無いじゃん。」

そう返した時、叶は少し悲しそうな顔をした。


「じゃあさ、考え方を変えてみよ!君は死にたい理由があれども生きる理由がない訳じゃないでしょ。実際なんだかんだ言って私と会ってから一か月くらい?生きてるわけだし。」


確かに叶の言う通りだ。

そんなに死にたいだけならもうさっさとあの屋上から身を投げてしまえば良い。

しかし、何故そうしないのかは日向自身もいまいち良く分からなかった。


「お?どうやら図星っぽいね。」

黙っている日向を見て叶はそう言った。その声の調子は少し誇らしげであった。

「じゃあそれを考えてくるのが今日の宿題ね!時間も良い感じだし今日はこれで終わり!」


そのまま日向は叶に追い出されるようにして美術室を出た。

未だに片づけを手伝わせてくれなくて信じられてないのかといつも少し悲しくなる。

「生きる理由かぁ……」

いつも通り人の気配が全くしない廊下で一人呟いた。


その夜、日向は自室で生きる理由について考えた。

(生きる理由……なんて言っても僕にそんな物は無いよな。)

叶のように一生懸命に絵に打ち込めるわけじゃない。だからと言ってスポーツもずば抜けて得意、という訳でもない。


改めて自分の人生の薄っぺらさに日向は溜息をつくばかりであった。

そもそも薄っぺらく無ければ死のうだなんてことにはなっていないのだが。

(あれ、そういえば何で死にたかったんだっけ……?)


中学時代いじめられたから死にたかった。確かこれが死にたい理由だったはずだ。

だけど今、日向は高校生であり、不登校だったので久々に学校に行った時には驚かれたりもしたがいじめられてもいない。


それに加えてこの前叶と画材を買いに行ったときに偶々出会った一ノ瀬さん。

彼女はきっかけなだけでいじめに加担しているわけでは無かったがああも謝られては今更その事を理由に死ぬのも気が引けた。


(結局僕は勝手な理由をつけて死にたかっただけなのか?)

何だか頭が痛くなってきた。


気が付くと考え始めてから一時間近く経っていた。しかし結論は一向に出ない。

彼女の言う通りもう死にたい理由も無いのかもしれない。だからと言って生きる理由も一切見つからなかった。


(生きる理由なんてなぁ……)

確か彼女は描くことが生きる理由と言っていた。

(彼女がそれなら、じゃあ僕は……)

この一か月間生きていて苦では無かった。むしろ楽しいとさえ思えた。

(じゃあ、僕は描かれることが生きる理由だ。)

ほどなくして日向は眠りに就いた。

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