030 混迷の戦場

 緩やかに構えを変えるカーレルと、身を低く屈める駆竜が互いを睨み合う。張られた緊張の糸に、周囲を取り囲んでいる誰もが金縛りにあったように動かない。


 気圧されたように一歩後退したアルギュロス隊員の足元で石が擦れ、



 咆哮ふたつ。


 

 深蒼の刃と、竜角が交錯――互いに弾かれ、後退。すかさず距離を詰めた駆竜が、前肢を薙ぎ払った。


 カーレルが剣を斜めに立て、迫る質量を斬り払う。身を翻し、衝撃を受け流しざまの肉薄から、


「――蓮刃蒼れんじんそう‼︎」


 閃く三連撃が竜の胸部に裂傷を刻む。


 殺気を高めた竜が身を翻す。繰り出されるのは、遠心力を上乗せした尾の薙ぎ払い。


 受けたカーレルが立てた剣ごと弾き飛ばされ、ボールのように三度大地を跳ねた。地を削って勢いを殺し、負傷を無視して右回りに疾走。敵の意識をアルギュロス隊員たちの少ない方向へと誘導する。


 フォボスの牙並ぶ咢が開き、収束する元素が高まり――閃光、轟音。咆哮と共に放たれドラゴンブレスが、光の奔流となってカーレルの背後を貫く。


 竜が首を巡らせる。蒼の影を呑み込み、めくれ上がった地殻が砂礫へと転じてゆく。塵芥が照らされ、戦場に蒼い瀑布が逆巻いた。


 唸りを高める駆竜の頭上に、影が差す。


「おおおおおおおっ!」


 随所に軽くない火傷を負いながらも飛び出したのは、カーレルだ。


 着地ざまに閃光を回避、粉塵を突き抜けて再度跳躍し、敵胴の上に降り立った。切っ先を鱗に覆われた体躯へと突き立てて、そのまま疾駆する。尾までに一文字の傷を刻みつけ、ひるんだ相手の尾を半ばで斬断。


 絶叫を上げる竜が暴れて周囲を跳び回り、地面に亀裂を広げてゆく。倒れ伏すアルギュロスが衝撃で弾き飛ばされ、各所から悲鳴や呻き声が上がる。


 細まる異形の瞳。前肢が器用に倒れ伏す隊員を掴み取り――



  §



 飛来する物体。打ち払うべく、無意識のうちに穂先を向けたランディは、


「――なっ⁉」


 飛来物と


 咄嗟に攻撃を中断して回避する。


 無理な体勢で身を捻り、代償として石弾が頭部を擦過。一拍の間意識が停滞し、視界がブラックアウトした。


 死角から迫る氷槍が少年の胸に突き立――


「ランディっ!」


 ――つ直前、少女の杖が術を粉砕する。


「大丈夫っ!?」

「……ああ、助かった」


 短い応酬の後、ランディはふらつく体をなんとか奮い立たせ、


「野郎――」

「――攻撃に人を混ぜてきた」


 信じられないと言った目で、異形を見据える。


 今は姿を転じているとはいえ、あの存在も元は人間だったはずだ。それを、武器に使うなんて。


「腐ってやがる……」


 睨みつける先で、異形の二〇腕が触手のように伸びた。でたらめな角度で後ろに引かれ、それぞれが鞭の如くしなる。


 瓦礫同様鷲掴みにされる、黒コートを纏った人型が。人には決してマネできないフォームで振りかぶられる。宛ら旧世代の投石紐のように、遠心力を上乗せされた――投擲。


 圧倒的速度で迫るそれらを、少年少女が死に物狂いで躱してゆく。


 飛来するのは、周囲に倒れ伏していたアルギュロスの隊員たち。ジャスパーは、嘗て仲間であった者たちすらをも攻撃手段として利用し始めたのだ。


「くっそぉ!」

「なんて劣悪な……っ!」


 人間の弾雨に晒されるランディとレイチェルは歯噛みする。


 先程までの、岩盤の投擲や元奏術式による攻撃であれば迎撃できた。だが、今飛んで来るそれらは怪我を負い、意識を失った人間たち。


 武器による迎撃は選択肢から除外。行動を制限されたふたりは、回避一辺倒に徹する他ないのだ。


『そーらそらそらそらそらそらそらそらそらっ! 避けろ避けろぉっ!』


 怪人の頭部が、腹部に浮かぶ口々が、耳障りに冷笑する。


 異形化によって理性を喪ったのか、はたまた元来そのような性格なのか。ランディは何となくだが、両方とも当たっているような気がした。


 それほどまでの醜悪さ、不気味さだ。こんな奴を長時間相手にしたくない、精神衛生上よろしくない。


 しかしそんな思いとは裏腹に、異形の攻撃は苛烈さを増してゆく。


『なかなかに躱すな。だったらこれはオマケだ』


 卑劣な投擲に範囲元奏術が混ざり始めたのだ。人影の死角をついて、素早さ重視の元奏術や回避し難い岩盤の散弾が放たれる。


 異形の戦闘能力に、狡猾な知性を織り込んだ波状攻撃。孕まれた粘つく悪意に、頭が沸騰しかける。


 だが、この場で冷静さを失っては、相手の思うつぼ。即座に攻撃を見切り、対応し続けるランディとレイチェル。精神の摩耗を強要される戦闘だ。


 しかし今のふたりに打開策はない、ひたすら防戦一方で耐え凌ぐしかなかった。



  §



 投擲された人型を回避し、衝撃波と閃光をやり過ごし。カーレルと駆竜の攻防は、まさに一進一退だった。


 だがやがてその攻防に変化が現れる。徐々に押され始めたのは、カーレル。原因は、戦闘の間合いだった。


「ちっ、厄介だ」


 岩盤の投擲を迎撃し、ブレスを回避して舌打ちをかます。


 近接攻撃の手段しか持ちえないカーレルと、変幻のレンジを誇る駆竜。根本的な引き出しの差が、場の趨勢を極めつつあったのだ。


 距離を取られては、カーレルは防衛に回るしかない。

だが攻め手のために距離を詰めれば、相手の攻撃はなお過密となる。


 さらに、その近接すらもが困難となりつつあるのだ。


「こいつ、学習能力が高いな」


 戦闘経験を吸収しているのか、駆竜の動きは対カーレルに適応しつつある。それはまるで、人間が学習して環境に適応するかの如きトライアルアンドエラー。


 これまでとは一線を画した類の敵を相手に、感じるのはだ。


 近接を図ればそれを妨害するべく瓦礫が散弾と転じ、危なくなれば隊員を取る。なかなか決めに行けない状況の悪さに、カーレルが歯噛みする。


 戦闘は、持久戦の様相を呈していた。

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