028 異形の特記戦力
到着した最前線は、散々たる有様だった。
倒れ伏すアルギュロスの隊員が呻き声を上げ、体の一部を喪い、血を流す。辛うじて起き上がっている者たちも、多くが重篤な傷を負っている。
眼前に迫るのは、蒼の集団と化した異形の群れだ。翻ってこちらの状態は、昨日からの戦いで部隊が大きな被害を被っている。このままでは戦線の崩壊は、時間の問題だ。
だが、ヒュドラルギュロスの意識はそこにはなかった。
「あいつらは、何だ……?」
戦線の境界に佇む、ひと際巨躯を誇るフォボスたち。
片方は全長一六メルナほどの胴長の異形だった。鎧じみた甲殻に覆われた体躯を幾本もの節足で支え、屹立する化け物。頭部に触覚、体表に浮かんだ複眼、そして腹部には人の顔が張り付いている。人と蟲を組み合わせたような、生理的嫌悪を感じる醜悪さだ。そこから伸びる節足も二〇対四〇本で、体格相応の長さを有す。
そしてさらに、その異形と対峙するように向かい合う、もう一体のフォボスが存在した。
体格は先のものよりも一回り小さい全長一三メルナほど。体横から延びた強靭な四肢で地を踏み締め、鱗に覆われた身を撓める。爬虫類を思わせる顎門には、鋭利なナイフじみた牙が整然と並び。頭頂には剃刀のようにそそり立つ一角が、刃の如き煌めきを放つ。低い唸り声と共に漏れ出るのは、青白い焔。
一般の隊員では手に余る、二大特記戦力の激闘が巻き起こっていた。
「なんでフォボス同士で対峙しているんだよ?」
「……さて、な。オレにはフォボスの思考なんてわからない」
言い合うランディとカーレルの言葉を他所に、異形たちが交錯する。双方ともに鈍重さを感じさせない、
竜が蒼炎を吐き、四〇肢の異形が横へと飛び退って回避する。
迫る質量攻撃を、しかし竜は正面から迎撃する。
身を翻して振るわれた尾が岩塊を粉砕させ、破片が辺りに飛び散った。その影から踊りかかった異形が竜にのしかかり、そのまま取っ組み合いに発展。
低い咆哮と甲高い不快な絶叫が辺りに響き渡る。節足が鱗の体を存分に殴打し、甲殻に牙を立てた竜が至近距離で熱閃を吐く。
転がり合いの末共々が押し合い、距離を取る。
一瞬の静止、再疾走。
争いはなお熾烈を極め、互いに食らいつき、殴り合い、暴れ回る。その足元で、地に伏したままのアルギュロス隊員が幾人も踏み潰された。
「……この場所では、術が使えません」
戦況を見守るフェルトが苦々し気な声を上げる。少女の術は強力なれど、今迂闊に使えば倒れ伏す味方を巻き込みかねない。下手な手出しはできないだろう。
「――オレが両方を押さえる。お前たちはその間に負傷者を救出してくれ」
「……ダメです。危険すぎます。この状況では隊長として許可できません」
カーレルの申し出を、フェルトは即座に斬り捨てる。あの二体の敵は自分たちが対峙しても十分に危険な相手だと判断してのことだ。
「けど、見ているだけじゃ助かる命も助からない。それにあいつはオレが決着をつけなければいけない相手だ」
「それは、そうかもしれませんが……」
しかし、同時にカーレルの言葉も正しい。
ヒュドラルギュロスはこの場にいる戦力の中で最も強力な手札だ。状況を打開できる可能性があるとすれ、それは自分たちしかいない。
無論フェルトとて、それは理解できていた。
命の天秤で懊悩するフェルトの隣、ランディとレイチェルがアイコンタクト。互いに覚悟を決めて首肯し合い、隊長へと向き直り、
「……隊長。俺たちがもう片方を引き受ける」
「私たちはこのために強くなりました。今頑張らないでいつやるんですか」
「貴方たちまで」
妹分たちの覚悟を聞き届けても、なおフェルトは決断を下せない。
「大丈夫です。無理はしません。必ず無事で帰りますので」
「隊長は目の前の小物の群れを頼むよ」
しかし、その揺らぎのない眼差しがふたりの覚悟を物語っていた。
そう、敵はあの二体だけではない。荒れ地の向こうに、波濤の如く迫る蒼銀の群れが健在なのだ。アルギュロス以外にその相手ができるのは――ヒュドラ《自身》しかいない。
フェルトはランディたちの成長を喜びつつも苦笑を浮かべ、
「……全く、わたしに命令とは偉くなったものですね」
「適材適所って奴ですよ」
部下たちが腹を括っているのだ。隊長の自身がまごついていては、示しがつかない。
「分かりました、隊長命令です。敵特記戦力の撃破をお願いします。……絶対に生きて帰ってきて下さい」
「もちろんだ。お前たちも絶対に死ぬんじゃないぞ」
「一番危なそうな貴方が――」
「――偉そうに言うなよなっ」
揃って危機へと立ち向かう一行の表情にはしかし、確かな自信が浮かんでいたのだった。
§
フェルトの指示を皮切りに三人が前に進み出て、タイミングを見計らう。双方の距離が再び離れる――その刹那、
「――
駆竜目がけ、閃光が迸った。
対峙する敵以外を塵芥と認識していた異形は、想定外の方向からの攻撃に素早く反応。抜剣は左前脚を幾分か捉えたのみで、脅威を削ぐには至らない。
だが今はそれで十分。駆竜の殺気が、ただひとり――カーレルへと叩きつけられる。
もう一方の敵の前にランディたちが立ったことを意識の片隅に感じながら、
「よぉ、久しぶり……オレのことは覚えて、いるみたいだな」
カーレルが長年の友人に語りかけるかのような気安さで、フォボスへと接する。斬り落とした左前肢は復活しているが、やはりあの個体らしいと直感的に判断。
古巣アルギュロスの部隊を散々に痛めつけ、傍若無人に暴れ回る――排除すべき、敵。
深く、熱い感情を湛えた瞳が細まり、
「どうやら互いに因縁ができたみたいだな」
警戒の
「けどそれは今日でお終いだ。お前はオレが仕留める」
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