011 鍾乳窟内での戦闘
「フォボスッ⁉︎」
全長六メルナを超える、サソリ型の蒼い異形だ。
腕に当たる部分に備わっているのは、円錐形の螺旋を形どった巨大なハサミ。凶器をギチギチと擦らせて奇声を上げ、紫眼の敵がカーレルたちを威嚇する。
「カーレルさんは周囲の警戒を! ランディ、レイチェル、お願いします!」
「……オレも初めて見る敵だ。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。用心してあたれ」
「言われなくても、わかってるっ!」
フェルトの指示とカーレルの忠告を受け、真っ先に飛び出したのはランディだ。身を撓めて前傾、地を這う姿勢で疾走。鍾乳の隙間を縫い、フォボスの眼前へと一息に迫る。突進の勢いを乗せた槍を突き出そうとし、
「ちっ⁉︎」
先んじて放たれる、尾の連続刺突。
少年が咄嗟に意識したのは、模擬戦で対峙したカーレルの動きだった。立て続けの針撃を見切り、最低限の動作で回避。最後の一撃を槍で受け流して再度の接近を図り、
「おわっ⁉︎」
サソリのハサミに薙ぎ払われ、防御した槍ごと後退させられる。
「ランディ! このっ!」
すかさず援護に入るべく、鍾乳石伝いにレイチェルがサソリの側方へと回り込む。障害物のない中空を駆ける、牽制射撃をばらまきつつの立体機動。杖の先端に光の刃が顕現し、暗い鍾乳窟内に軌跡を描く。少女が身を捻り、元奏杖が横一文字に閃き――
「きゃっ⁉︎」
必殺の斬撃が、突き出された円錐に受け流された。勢い余った刃の余波が立ち並ぶ鍾乳石を砕き、破片がパラパラと辺りに舞い散る。
体勢を崩した少女へと、受け流したハサミが振り下ろされ、
「レイチェルっ!」
咄嗟に滑り込んだランディが、その攻撃を寸前で受け止めた。しかし、体格差でどんどん押されてゆき、少年が歯を喰いしばる。
そんなランディ目がけてもう展開される、もう片方のハサミ。先端に元素の光が収束し、
「気をつけてっ!」
後退した少女の鬼気迫る叫びにランディが身を躍らせた。
直後に響く破砕音。ハサミから放たれた石弾が、直前まで少年のいた場所を微塵に砕き穿つ。
一旦距離を取ったラインディとレイチェルは、互いに敵を注視したまま、
「これまでの相手より反応がいいな。攻め切れない」
「おまけに何か戦い慣れている感じ? 場所も悪いし、これは苦戦するかもしれないね」
「けど……」
「うん、倒せない敵じゃない」
チラリと後ろを見やるも、今のところカーレルとフェルトが動く気配はない。どうやら向こうも、ふたりだけで対応できると考えているのだろう。
「上等だ。やるぞ、レイチェル」
「ええ。背中は任せて」
ランディは大きく息を吐き、フォボス目がけて再度の疾走を開始した。騎馬兵のランスチャージにも似たハサミの刺突に、突き出した石突を合わせる。迎撃ではなく、相手の攻めを自身の機動に転換して身を翻す。
迫る尾を旋回させた穂先で受け流し、ハサミの薙ぎ払いを跳躍で回避する。着地の勢いで身を沈め、サソリの下方へと滑り込み、節足の関節を狙って刺突。
微かに傾いだフォボスの間隙へとつけ入るのは、レイチェルだ。
「ます一本っ!」
元奏刃が闇を斬り裂く。凶腕の関節を寸断された衝撃に、サソリが奇声を上げて大きく仰け反った。
機を逃さず、後退したランディと前進したレイチェルが交錯し、立ち位置を変える。少年が槍を引き絞り、少女が勢いそのままにサソリの下へと到達し、
「――
「――
同時に放たれる、螺旋と円閃。口を穿つ刺突と、右側の節足をまとめて断ち切った斬光が洞窟内を照らし出す。
レイチェルが反対へと抜けた直後、支えを失った巨躯が轟音と共に伏した。だがその状態で無理やりに残ったハサミを突き出し、異形が地面を強かに打ちつける。
ランディたち目がけて幾本も飛び出す、剣山の如き岩刃群。
「悪あがきをっ!」
「こんなものっ!」
しかし林立するそれらを前に、ランディとレイチェルは臆さない。凶器を砕き、ステップで回避し、挙句は足場とし、天然の牢獄を掻い潜る。
「てやぁっ!」
レイチェルが包囲の一角を切り崩し、
「
隙間から抜け出したランディが高々と跳躍。頭上の鍾乳石を鋭く蹴りつけて、
「――
蒼い彗星が、洞窟内を飛翔する。収斂された元素の切先が、サソリの頭部を完膚なきまでに破壊した。
くるりと器用にトンボを切った少年が地面に着地。パートナーと前後にサソリを挟む位置取りで、敵の動きを警戒する。
フォボスが末端から崩壊を始めたのを確認して構えを解き、
「これで終わったな」
「ええ、そう――」
突如、レイチェルの背後の地面が砕け、ハサミが突き出てきた。
「――えっ?」
振り返った少女の眼前には、ほとんどゼロ距離まで迫った円錐の凶器がある。回避不可能なタイミング。
ランディは駆け出そうとしたものの、彼我の距離は絶望的だ。
――届かない。
理解はしていても、咄嗟に手を伸ばす。その視界の先で、大質量が少女を擦り潰そうとし――
「――最後の最後で油断したな」
蒼光をまとったカーレルの
ランディが状況を理解する前に、
「――
玲瓏とした声が鍾乳窟に響き、すぐ横を稲妻が
「まだですっ――
フェルトの
直撃し、発生したスパークに少年少女は目を眇めた。
その雷光の中、浮き上がった敵へと瞬く間に肉薄した影は――カーレルだ。極限まで研ぎ澄まされたエーテルが刀身を染め上げ、
「――
斜め格子に疾る蒼銀の斬線が、フォボスを文字通り細切れに粉砕した。ランディの視力ですら、幾度閃いたか判らない速度の剣戟。
逆手納刀による涼音の鞘鳴りが響くとともに、蒼い異形は霧散する。
カーレルがそのまま周囲を警戒し、何事も異変が起きないことを確認してから、
「……戻ろう。大体の調査はできたし、これ以上の長居は無用だ」
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