010 洞窟内部調査

 紗幕しゃまくの向こうから差し込む陽光が、入口周辺をほんのりと照らし出す。水気を含んだ苔生こけむす足場は、気を抜くと転倒しかねない。落水の轟声ごうせいが反響する、光と闇の境界域。


 滝壺を回り込んだヒュドラルギュロスは、そんな洞窟へと足を踏み入れていた。


「思ったよりも広いな。並んで通っても余裕があるくらいだ」


 長物を扱うランディたちですら、容易に立ち回れるほどであろうか。上を睨んだカーレルの言葉通り、洞窟とは思えないほどに広大な空間だった。


「それに先も深そうですね。今日の散策はここを見てから引き返しましょうか」


 一行の意識が向くのは、深淵へと続くような闇の奥。


 しかし因子の効力で強化された視力は、暗い洞窟をものともしない。頼りない光源でも、岩の陰影すらくっきりと見通せる。


「了解だ。最後まで気を引き締めていこう」


 ランタンを持ったランディ、レイチェル、フェルト、カーレルという隊列だ。


 段々と水音が遠のき、足音のみが反響する無声の道中。しかし洞窟の至る所から水が染み出し、湿気が常に付きまとう。


 大きくうねる道筋は緩やかに上へと傾斜し、各所から先の丸まった岩が突起する。道順そのものは一本道で、迷う心配はない。


 しかし進むにつれ、洞窟の様相も変化していき――


「ちっ……。この狭さじゃ槍が振り回せねぇな」

元奏杖エーテルスタッフも難しいわね」


 ランディの舌打ちに同意し、レイチェルが柳眉を顰める。


 彼らの言葉通り、今通っている場所は狭い空間だった。穴の大きさは先程の半分以下まで狭まり、高さもそれほどない。


 その上、至るところに突き出ていた岩が見当たらなくなっていた。


 流石にフェルトも表情を険しくし、


「これほどの狭所での作戦行動はわたしにも経験がありませんね。それに――」


 洞窟の内壁へと手を当てて、


「歪ながら表面に削られた形跡があります。……ここは自然にできた洞窟ではありません。何者かが手を加えた……いえ、掘り進めた穴ではないでしょうか」


 金髪の少女の言葉に、カーレルが洞窟へと手を這わせる。確かにフェルトの指摘通り表面が荒く切削されており、天然窟とは思えない。


「掘り進めた? 一体誰がそんなめんどくさいことを……?」

「現状では検討もつきません」


 ランディの問いにフェルトが首を振りながら、


「先になにがあるか不明です。不測の事態に対応できるよう慎重に進みましょう」

「聞いたわねランディ。率先して先頭に立ったんだから気合入れなさいよ」

「わーってるよ。そっちこそ蹴躓くんじゃねえぞ」

「むぅ……」

「はいはい。言ったそばから喧嘩しないの」


 言い争うランディとレイチェルを仲裁するフェルト。順応しつつある光景にカーレルが小さく嘆息した。


「……いつも通りなのはいいことだが、いつも通り過ぎないか?」

「……面目ありません」


 しゅんと小さくなるフェルトは、心なしか気落ちしている。そんな少女の頭をカーレルは無意識にポンポンと叩き、


「苦労してるんだな……っと、どうした?」


 俯いたままのフェルトが反応しないことに気付き、首を傾げた。


 闇の中、戸惑ったような紺碧と目が合い、


「……いえ、同年代の男性に頭を撫でられるのは、まだ二回目でして……」

「っと、悪い。嫌だったか?」


 パッと手を離し、迂闊だったとカーレルが謝罪する。病弱な妹の頭を撫でていた癖が咄嗟に出てしまったのだ。


 だが、フェルトは瞳をあらぬ方向へ逸らして、


「いえ、その……なかなかに貴重な体験でした」

(……ねぇ、緊張感ってなんだっけ?)

(俺に聞くなよ)


 横合いから二対の怪訝な視線が向けられていたのだった。



  §



 微妙な空気のまま、カーレルたちは洞窟の奥へと進んでゆく。


 しばらく後、一行はそれなりに広い場所へと到達していた。


「また周囲の景観が変わってきたな」

「……そうですね。こっちは自然の鍾乳洞みたいですね」


 周囲を見回して言い合うカーレルとフェルト。隣でランディが明かりの光量を増やし、レイチェルも警戒レベルを上げる。目測では街の広場ほどもありそうな空間だ。


「さっきまでの穴が何者かによって掘られたもので、こっちの自然窟とさっきの滝裏洞窟を繋いだ、ということでしょうか」

「詳しく見ないことにはなんともいえませんが、その可能性はありそうです」


 女性陣の問答に、カーレルは上を見やった。


 無数の石柱が地面から突き出て、天蓋からも氷柱つららのように降り迫る。天地から迫るそれらはまるで、伝承の存在――竜の顎のようにも見て取れた。


 少し嫌な過去を思い出したカーレルが眉を寄せる。


 先頭を歩くランディとレイチェルが、相変わらず長物の取り回しに苦労するのを見て、


「……異常はなさそうですね。今は軽い探索で十分ですので、そろそろ拠点に――」


 とフェルトが指示を出しかけたところで、異変が起きた。足元から伝わる微かな振動。鍾乳窟内が小さく揺れ始めたのだ。


 フェルトを囲んで円陣を組んだ一行は咄嗟に武器を構え、周囲の変化に備える。


「……なんだ、地震か?」

「皆さん、少し引き返しましょう」


 フェルトの指示で比較的広い空間まで撤退する一行。だがその短い間にも揺れは大きくなり、地鳴りのような音が空洞に反響する。


 カーレルとフェルトは視線を交わし、即座に自分たちの歩いてきた道を見返す。固唾を飲むランディたちへと撤退の指示を出そうとして、突如壁が崩落した。


 岩盤に亀裂が走り、その中から飛び出して来たのは――

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