007 道中
フェルトの運転で荒野を突き進むヒュドラルギュロス一行に会話はない。原因は、考えるまでもなく出立時の出来事だ。
ジャスパーの態度は褒められたものではないが、殊更過剰だという訳でもない。
フォボスの脅威から人々を守るという矜持。それを胸に、アルギュロスの隊員は危険な戦場に身を置いている。しかし、そんな彼らを差し置いて多大な戦果を上げ続けるのがフェルトたちだ。
ヒュドラルギュロスはアルギュロスからすれば忌むべき存在であった。
「……アルギュロスとはいつもあんなやり取りなのか?」
沈黙に耐え切れず、助手席に座るカーレルが重い口を開く。
これまでヒュドラルギュロスと合同の任務についた経験が無かった。この隊に所属する以前は、フェルトと言葉を交わしたこと自体も数回のみ。だからこそ、他の部隊からあれほど露骨に敬遠されるとは思っていなかったのだ。
「そうですね。困ったことに日常茶飯事なんですよ」
応じるフェルトの言葉は、静かなものだった。
「カーレルさんもご存じの通り、フォボスは高い自己再生能力と人体を浸食する毒のような因子を持っています」
ダメージの積み重ねは効果がなく、相手の攻撃には危険が付きまとう理不尽さ。それこそ、異形が
「そしてわたしの因子にも、似たような効果が認められています。放つ元素光もフォボスと同じ蒼銀色。わたしの権能は、フォボスの力と同じものだとみなされているんですよ」
少女が断定しないのは、今までフォボスを捕獲研究できた実績がないためである。討伐されると跡形も残らないフォボスの正体は現在に至るまで不明のまま。敵の攻撃に含まれる毒――因子のみでの判別は不可能。フェルトの異能とフォボスの関連性は、いまだに解明されていないのだ。
件の少女はきゅっとハンドルを握る手に力を込め、
「理解はできます。でも、本当はもっと受け入れて欲しい、というのが本音ですね」
「…………」
淡く微笑むフェルトの言葉は、常通りおっとりしている。
だからこそカーレルはそんな少女に、何も言葉を返せなかった。
「そう言えばカーレルさんは、ジャスパー隊長と面識が?」
「ああ、アルギュロスにいたときによく突っかかられた。隊の中でも活躍していたオレのことが気に入らなかったんだろう」
フェルトから振られた話題に、カーレルが心底うんざりしたという表情を浮かべる。
「こっちは厄介ごとを引き受けていただけなのにな」
カーレルはアルギュロスの中で、副長オズワルドの指揮下に在籍していた。総長と副長は折り合いが悪く、半ば派閥争いに近い抗争が起こっていたのだ。
結果、副長旗下で目覚ましい活躍をしていたカーレルがやっかみを受ける形となる。
「本当に、迷惑な話だ」
「あの方たちは街でも有名ですからね。わたしたちもその弊害を受けています」
同意とばかりに、フェルトの補足が入る。
「えっと、どういうことですか?」
「ジャスパーはアルギュロス隊総長ゲーリックの息子だ。あの親子は揃って権力を誇示したがるからな。目立つ活躍をしている相手――つまりオレやこの部隊は邪魔なんだろう」
レイチェルからの問いかけに答えたカーレルは「それに」と続ける。
「アルギュロスを創立したのは数代前のコルファニオ家当主。つまりゲーリックたちの先祖なんだ。その影響力はいまだに大きくて、領主館側でもおいそれと干渉できないんだ」
話を一旦切ったカーレルは少し時間を置き、その後つけ足すように、
「……実はヒュドラの印象を操作しているのもあいつらじゃないかって話もある」
「おい、何だよそれは」
「あくまで噂だ。確証はない」
食ってかかるランディを諫めつつも、
「アルギュロスとヒュドラルギュロスの関係は、昔の貴族でいう本家と分家の関係に似ている。その分家が本家より活躍しているんだ。本家としては当然、面白くない」
カーレルは「だから」と言葉を続け、
「そのやっかみも含めて、狡い妨害くらいならやりかねないだろうな」
「……随分事情に詳しいんですね」
静かに聞いていたレイチェルの問いかけに、カーレルはちらりと後部席を振り返る。
「元々
再び前へと意識を戻しながら、
「お前たちが出るべき場面で起用せず、自分たちで解決しようとして結果被害を増やす。その癖生じた責任は他に押しつける。上に立たせておくには問題がある連中だ」
「……つまり馬鹿が権力を持つと碌なことにならない、ってことか」
「ああ、全くだ……っと、反応ありだな」
そんな空気の中、ジープに搭載された小型のフォボス探知機が敵の接近を知らせた。鳴り響く警告音を受け、車内の面々が一気に戦闘態勢を取る。
「敵影捕捉。数は……二〇体ですか」
フェルトの言葉と同時に、強化された視力が二足歩行の人影の群れを捉える。その頭部は獰猛な肉食獣――狼を模したものだ。
二メルナほどの体高を持つ人狼たちの、蒼銀に輝く体表が陽光を跳ね返す。落ち窪んだ眸は獰猛な紫色に輝き、地面に届くまで発達した爪が荒地に跡を残している。
距離があるためこちらに気付いていないようだが、それも時間の問題だろう。
「……そこそこ規模が大きいですね」
「はっ。何匹でも来やがれ。丁度イライラしていたところだ」
「……指示があるまで勝手に動くな」
「フェルト、判断を」
「……迎撃します。ただしカーレルさんは不測の事態に備えて待機。ランディ、レイチェル、貴方たちだけでお願いします」
「ふたりで大丈夫なのか?」
隊長からの指示に、疑問を呈すカーレル。彼我の戦力差は一対一〇。真っ当な指揮官であれば、出さない命令だろう。
しかしそんなカーレルへと、異端の少女は
「この任務はあの子たちが次のステップへと進む訓練も兼ねています。あの程度なら造作もありませんし、ここはランディたちの連携を見てもらういい機会かと思います」
確かにカーレルは、昨日ランディと模擬戦を行い、その腕前を体感している。とはいえ、他の面々の力量を把握した訳ではない。つまり今回の戦闘で自分たちの力を見極めろということだろう。
「……わかった。そういうことならお手並み拝見といこう」
「はい、では車両を敵の直上につけます」
フェルトが後部座席を振り返り、
「ふたりとも、降下準備を」
「上からの強襲ですね。了解しました」
「ああ、散々に暴れてやるさ」
ふわりと高度を上げ、ホバージープが地面から遠ざかってゆく。後部座席のドアを両方ともスライドさせ、身を乗り出して前を睨みつけるランディたち。
丁度こちらを視認したであろう敵が唸りを上げ、隊列を組むかのように展開した。
集団で狩りをする獣のような動きを見たランディが獰猛な笑みを浮かべ、
「化け物が、一丁前に人間気取ってんじゃねぇぞ……‼︎」
直後、ジープが敵の直上に着き、
「降下」
戦闘が開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます