008 ランディとレイチェルの戦い
フェルトの号令と同時、少年少女が車外へと身を躍らせる。銀縁のコートが翻り、黒と緋色の髪がぶわりと靡く。
高度約一五メルナ――常人であれば落下死すら懸念される高さからのフリーフォールだ。
同時に人狼の数体が身を撓めて跳躍し、砲弾めいた勢いでふたりへと牙を剥く。
その状況下で、しかも体格で優れる敵を前に、しかしランディは臆さない。金色の視界で敵を睥睨した少年は槍身一体の構えを取り、
「うらぁっ‼︎」
咆哮が響き、体重を乗せたリヴァイアの刺突と掬い上げるような爪撃が交錯。先頭に迫った一体を迎撃し、それには見向きもせずに次の敵を照準する。
ランディが振り返る必要はない。背後には、最も信頼するパートナーがいるのだから。
上昇の勢いを殺されて墜落する狼は見た。
「――
移動補助の術式でふわりと空に停滞したレイチェルが、サイドグリップを展開する。腰だめに構えられる元奏杖の石突側に顕現した制御陣が燐光を放ち――
「シュート」
収束したエーテルが蒼い閃光となり、牙剥く異形の眉間を正確に通貫した。頭部を失った狼はその場で落下霧散し、塵と消える。
そのときすでに少年は二体目を蹴落とし、巨躯を足場として三体目に迫っていた。
槍の先端に集う眩い元素が刃を成して渦を巻き、
「――
必殺の刺突が、防御に掲げられた爪共々にフォボスを穿孔した。
蒼い塵霧を抜け、勢いを殺さないまま四体目を引っ掛けて減速させる。敵を足場にした、勇猛大胆な三次元機動だ。
宙空を跳び抜けるランディの横を、蒼光が数条
蒼竜杖の先端に浮き上がる制御陣。そこから少女の身長を超える
「てやあぁぁぁぁっ‼︎」
掲げられた蒼焔の矛が落下の勢いで弧を描き、四体目を縦に引き裂いた。
空に蒼光の華が咲くころ、余波で加速したランディが地面へと着地し、
「うざってぇ‼︎」
出会い頭に突き出された爪を槍の柄で受け流す。
獲物の中ほどを掴んだ少年は石突で相手を突き飛ばし、体を捻って頭上で槍を旋回。左右から迫っていた人狼二体の凶爪が柄を滑り、あらぬ方向へと乱れる。
攻め手を一息に捌かれて体勢を崩した三体目がけ、
「――
少女の叫びと共に、上空から元素の刃が三度閃いた。乾いた大地に突き立った刃は勢いそのままに地表を砕き、粉塵が巻き上がる。
だが、その着撃地点にランディの姿はない。立ち込める土煙の向こうから、人狼の一体目がけて拳ほどの石塊が投擲され、
「躱し方が雑だっ――
低姿勢で土煙を突き抜け、サマーソルトじみた軌跡の薙ぎ払いが死角から迫る。
辛うじて防御した人狼だが、代償として爪を半ばでへし折られ、
「私もいるわよっ」
横一文字に疾る斬撃を受け、上半身と下半身が
少年少女の一糸乱れぬ連携。フェルトと共に数々の戦場をくぐり抜けてきた、その証左だ。
攻撃の反動をコントロールし、華麗に着地したレイチェル。隣に並び立ったランディが低い姿勢で槍を構え、
「残り一二体」
「手早く片付けるわよ」
包囲を睨み、左右から弧を描く軌道で疾走。残敵目がけ、槍と矛が縦横に斬光を刻む。
槍に足を払われたフォボスの首が飛び、腹を裂かれた狼の顔面が穿たれる。
直後に襲いくる六爪の暴嵐が、渦巻く蒼槍にまとめて弾かれ、
「――
身を屈めたランディの頭上に風鳴り。特大の蒼刃が薙ぎ払われ、敵三体をまとめて両断した。
竜槍竜杖の
呆気ないほどに一方的な、戦闘の終結だった。
§
「……意外だな」
「ランディがレイチェルのサポートみたいに動いていることがですか?」
少年少女の活躍を見下ろしていたカーレルの呟きに、フェルトが微笑む。敵を討伐し終えたふたりを迎えるべく降下する車内で、
「武器の特性上、攻撃範囲はレイチェルの方が広いんです。ランディの性格からは考え辛いかもしれませんが、あのふたりが組むときは自然と今みたいな戦い方になります」
「そうなのか」
確かに
だが、それ以上にカーレルが刮目していたのは、ふたりの連携だった。
以心伝心の如く、互いが互いの隙を補う流麗なコンビネーション。深い信頼関係がないと成せない、集団戦闘の理想の一つだろう。
「あのふたりは幼馴染なんです。ランディが瀕死の重傷を負ったレイチェルをわたしの
「……レイチェルが怪我を負ったのは?」
「三年前、といえば分かりますか?」
その頃にあった出来事といえば――前回の大侵攻のことだろう。アルギュロスを毛嫌いする要因は、その辺りにあるのかも知れない。
やがて地表に到着したジープはふたりを回収し、再び空へと舞い上がる。
「ところでカーレルさん。今の敵集団に関して、どう思われました?」
「そうだな。侵攻が近いという話の信憑性は高くなったな」
「……あぁ、どういうことだよ?」
後ろの席から、ランディが怪訝そうな声色で問い返してくる。
「お前たちが相手取ったあのフォボスだが、本来であれば群れない種類だ。そんなあいつらが過去に群れた事例があるんだ」
「それが、前回の大侵攻のときですね」
「そんな……」
カーレルの言葉を引き取ったフェルトの補足に、レイチェルが息を呑む。過去に起きた侵攻の被害者であれば、その反応も無理からぬことだろう。
「……大丈夫だ。俺が絶対に街に被害を出させない。だからそんな心配そうな顔をするな」
そんなレイチェルを安心させるように、黒髪の少年が声をかけた。
「ランディ……」
「もう俺たちみたいな思いをする人が増えるのは、ごめんだ」
幼馴染だというランディも、恐らくはその折に惨状を見ているはず。その理不尽に対する怒りは、恐怖は、憎悪は――カーレルの想像の埒外だった。
やがて落ち着きを取り戻したレイチェルがそっと頷き、
「……うん、そうだね。今から弱気になってちゃダメだよね」
「ああ、お前は難しく考え過ぎなんだよ。もっと力を抜いて構えてていいんじゃねぇか」
「ふふっ、確かに。お気楽なランディが言うと説得力あるね」
「おまっ、馬鹿にしてんなよっ⁉︎」
憤慨するランディの前で、レイチェルが翡翠の瞳を微かに彷徨わせた。ちらりとフェルトの方を見て、微かに呼吸を整え――優し気な瞳で少年を見つめる。
「馬鹿になんてしてないわ。……ランディのこと、本当に頼りにしているんだから」
「お、おう。……任せろ」
照れたように目を逸らした少年の言葉尻が小さくなった。
ふたりの指先が、ほんの微かに触れ合う。後部座席から漂う、何やら青く甘酸っぱいような、若々しい空気。
(ね。可愛い子たちだと思いませんか)
(……この任務のことを忘れてないならいいんだがな)
運転席と助手席で交わされるそんな会話こそ、彼らの埒外だった。
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