第6話 僕だよ、僕って、誰なのよ

 二人きりの金曜日の夜は過ぎちゃった。

 幸せな気分に浸れた時間は思っていたより、ずっと短かくて、残念……。

 週末は結局、あれだけ一人で大丈夫と言ってたタケルとテスト勉強になったのだ。

 テスト勉強も二人きりなんだから、嬉しくないのかって?

 嬉しいんだけど、食べ物が絡んでないからなのかな?

 あたしが毒を吐いちゃうのよね。

 心にもないことを言っちゃったから……あっ、違うかも。


「勉強教えてもらうのホントはカオルにしてもらいたいんでしょ?」


 教室で聞こえたあの時の言葉がずっと心の中にわだかまりのように残っていて。

 つい、言っちゃったんだ。


「あたしと勉強なんて……一緒になんていたくないんでしょ! あたしだって……一緒になんていたくないんだからっ!」

「違うよ。僕はアリスとずっと一緒にいるって約束した」

「嘘よっ、そんなの嘘」

「じゃあ、なんで泣いているんだい?」

「泣いてなんて……ないっ……んだから……」


 全然、勉強会じゃないよ。

 別れようとしてる恋人みたいな会話して、どうするの?

 あたしたちの関係って、恋人どころか、幼馴染から一切進んでないじゃない。

 友達以上恋人未満くらいに進んでると思ってたのはあたしだけ。

 あたしが勘違いしていただけなのよ。


 こんなの喧嘩にすらなってないわね。

 あたしが単に八つ当たりしてるだけじゃない。

 タケルは愚痴を聞かされてる単なる被害者だもん。

 勉強になってなくて、これで本番のテスト迎えるなんて、最悪。

 夏休み前の期末なのにここで成績落とすなんて、ありえない!

 タケルまで道連れにしちゃったから、余計に辛いよ。


 👔 👔 👔


「タケル、遅れるよ?」

「分かってるって」


 あれだけ、毒を吐いたのに一緒に登校してくれるタケルって、天使じゃないかな?

 期末テストの初日、月曜日の朝はいつも通りに戻ってた。

 いつものように二人揃って、外に出るとそこには見慣れない少年が立っていたのだ。


「おはよう、アリス」

「ん? どちら様?」


 黒い髪は短くさっぱりと刈られていて、爽やかな感じで切れ長の目があたしたちを見つめている。

 どこかで見たような……誰だっけ?


「僕だよ、僕」

「だから、誰?」

「おはよう、カオル」


 タケルは何の躊躇いもなく、隣の家に住む幼馴染のいとこの名を呼んでる。


「カ、カ、カオルって……え? う、嘘よね? カオルは女の子だし、あれ???」

「本当だけど? 僕は産まれた時から、男の子だよ」

「アリス、本当に知らなかったんだ……」


 ショックのあまり、固まったあたしは両脇から幼馴染に抱えられて、登校する羽目になりましたとさ。

 それじゃなくても目立つ見た目なのにまた、目立っちゃったじゃない。

 これ以上、目立ちたくないのに!


「スミカも知ってたの?」

「うん、知ってたよぉ。てゆか、気付いてなかったの多分、アリス、一人だけだよぉ? 皆、知ってるもん」

「嘘ぉ!? それじゃ、あたしがおバカみたいじゃない」

「大丈夫だって、誰もアリスがおバカなんて思ってないから。天然の度が過ぎてるだけだって、うふふっ」

「褒められてる気がしないっ! むしろ貶されてない?」

「いいえ、アリスちゃんを愛でてるだけですぅ」


 そんなおバカなことを言い合っているうちにテストは始まる。

 大丈夫かな?

 この不安定な精神状態で乗り切れたら、いいんだけど。


 テスト初日は衝撃的な出来事が続いて、不安定な精神状態だった割に思ったより、出来たと思う。

 二日目、最終日は女子と思っていた幼馴染が男子だったという事実をそれなりに受け止めることが出来てきた。

 タケルとカオルの教室での一件も勘違いだと気が付いたし……。

 そのお陰かな?

 ほぼいつも通りにテストに臨めたと思う

 結果が出るまでは分からないけど、成績が落ちるほどの酷い出来ではないと思うのよ。


 問題はタケルなのよね。

 約束した通りにゲームは封印してくれたんだけど、直前までゲームにはまってたんだから、やばそう。

 成績落ちても『ゲームは駄目よ』なんて、ユイナさんは言わない人だけど……。

 その代わり、『手を抜くのは駄目。何事も全力投球よ』って言う人だから、部活にも勉強にもゲームにも全力でって。

 タケルの身体の方が心配になってくるわ。


「それでタケルはなんで、あたしと一緒に帰ってるの?」

「迷惑だった?」

「ち、違うけど! 迷惑……じゃない。嬉しいけど……部活はいいの?」

「今日は休むって決めてたんだ。アリスと一緒に帰りたかったし、やりたいことがあってね」


 ははぁん?

 さてはこやつ、あたしを出汁にゲームしたいだけじゃない?

 『迷惑だった?』にちょっとときめいたあたしがバカみたいじゃない。

 とか言いながらもあたしも帰ったら、ゲームするんだけどね。

 『帰ったら、すぐに始めてね。”始まりの町”で合流だよ』って、スミカと約束しちゃったし。


 🎮 🎮 🎮


「すぐに始めるって、始められないやつじゃない?」


 帰宅してから、お昼ご飯を済ませた。

 すぐに自分の部屋に直行するあたしとタケル。

 どっちも怪しすぎる状況だけど、二人ともゲームの為に自分の部屋に籠ろうとしてるんだから、ウケる。


 それであたしはVR機器がどうの以前の問題だった。

 まず、ゲーム機を液晶テレビに取り付けるのに苦労したのだ。

 だいたい、スミカもスミカよ!

 VR機器でゲームやるのにまずはゲーム機本体がいるとか、先に教えておいて欲しかったわ。

 慌てて、ポチッたから間に合わなくなるかと思っちゃったもん。

 それでどうにかコードを接続させて、動くようになるまで、なんと一時間もかかっちゃった。


「えっと、それでこれをこうやって。あーっ、めんどい」


 そっから、VR機器も悪戦苦闘して接続し終わって、『グリモワール・クリーク』というゲームソフトを起動させた。

 ここまでにかかった時間はなんと二時間だ。

 ス ミカに怒られるわね、これ。

 完全に遅刻じゃない。


『グリモワール・クリークの世界にようこそ。剣と魔法の世界アースガルドであなたの新たな人生を始め……』


 うわ、すごいリアル。

 さすが、最新のVR機器ね。

 あたしはどうやら、空に浮いてるらしい。

 目の前にはどこまでも広がる青くて、きれいな空が広がっていて、視線をちょっと下に向けると白いお化粧が施された高い山々に美しい緑色の平原などが見えた。


「確か、自分の分身で遊べるのよね? 本当なのかな?」


 スミカが何か、小難しいことを言ってたよね。

 冒険するキャラはキャラクリエイトで作成するだけじゃないって、言ってたような……。

 自分の容姿をそっくりキャプチャーしたでも遊べるんだっけ。

 だから、私はその機能を使ってを作ったのだ。

 決して、キャラクリエイトが難しくて、失敗した訳じゃないんだから!


 鏡がないから、分からないので手を見てみる。

 リアルの手と同じように見えるけど、正直、よく分からない。

 それなら、髪はどうなのかな?

 風でサイドに流れている髪を手に取って、確認してみる。


「うん、ピンク色だわ……ホントに自分の姿、そのままなのかも」


 いけない。

 こんなところで時間を食ってたら、それでなくてもオーバーしてるのにスミカが鬼になっちゃう。


「えっと……まずは設定しないといけないんだっけ。名前はどうしよっかな」


 こういう時は花の名前とかにしとけばいいかな?

 名前バレするかもしれないから、アリスは使えないし、スミカからもバレにくい名前にするように注意されてたしね。


「髪の色に合わせてっと……リナリアでいいかな」


 あたしの冒険はまだ、始まってもいない。

 むしろ、この後、すぐに最悪の冒険がスタートしようとは思ってなかった。

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