第42話 倉庫街 ◇オフライン◇


 思い掛けず綾野さんが幼馴染みの〝こもりん〟だと判明した。



 今はその事はさておき――、

 彼女の様子を探ってみた結果、名雪さんとは特に関係は無さそうだった。



 また振り出しに戻ってしまった感じだが、仕方が無い。

 不可視の効果が切れる前に退散しよう。



 俺は机に向かう綾野さんに気付かれないように、そっとドアを開けて部屋を出る。

 そのまま入ってきたベランダから家の外へと脱出した。



 少し離れた場所まで移動すると、そこで不可視を解く。



「ふぅ……完全に見えていないとはいえ、やっぱ落ち着かないな……」



 さて、これからどうするか?



 俺と名雪さんの繋がりは学校かノインヴェルトしかない。

 もしかしたら、彼女が最近ログインしたログが残ってる可能性もある。



 とりあえず、家に帰って調べるか。



 そうと決めたら足早に自宅へと向かう。

 綾野さんの家とは反対方向だ。



 商店街を抜け、いつもの通学路へと戻る。

 しかし、あと少しで最寄りの駅という所で意外な人物に声を掛けられた。



「よう、桐島」

「ん……須田か?」



 通りの角にあるコンビニの前で座り込んでいたのは、クラスメイトの須田京也だ。



 陽キャ連中のリーダー的存在だった彼だが、自分が球技大会や期末テストで活躍したせいで完全に俺に株を奪われた感じになってしまって、最近ではあまり目立たない存在に成り下がっていた。



 そんな彼が声を掛けてきたのだ。



「お前の家、こっち方面だったっけ?」

「いや、お前を待ってたのさ」

「俺を?」



 学校で会ってるだろうに……わざわざ、こんな所でか?



 駅を利用している生徒は大体、この道を通る。

 だからこそ、ここで待っていたのだろうが……。



「あんまり遅いから待ちくたびれたぞ」

「何の用だ? 俺は忙しいんだが?」



 また、ねちっこく絡まれるのはゴメンだ。

 そんな事に付き合っている暇は無い。



「おや? そんなに邪険にしていいのか?」



 そこで京也は不適な笑みを浮かべた。



「どういう意味だ」

「名雪悠乃」

「……」



 彼は彼女の名前だけ告げると、俺の反応を見ながらニヤニヤと笑った。



「お前……」



 ここで彼女の名前を出すということは、あまりに不自然だ。

 俺が名雪さんと仲良くしていることを知っている上での表情に見える。



「最近、彼女、学校に来ないよな? 仲良くしている桐島は、さぞ心配じゃないか?」

「……」



 京也の挑発するような目。

 それで確信した。

 奴は名雪さんが学校に来ないことに関係している。



「何が言いたい?」



 すると彼は口角を上げて立ち上がる。



「それは俺に付いてくれば分かるさ。興味があればだがな? くくっ……」



 今日は小さく笑うと、俺を誘うように歩き出した。

 これは付いていかない訳にはいかないだろう。



 彼は駅とは反対の方向へと歩みを進めた。

 気が付けば辺りは殺風景な倉庫街だった。



 いかにも……って感じだな。



「どこに行くんだ?」

「いいから、付いてこい」



 促されるままに歩いて行くと、暫くした所で京也がある倉庫の前で足を止めた。



「ここだ」

「……」



 俺はその倉庫を見上げた。

 それはコンテナを収納出来そうなくらいデカイ倉庫だったが、外壁は所々にヒビが入り、鉄扉などには錆が浮いている。

 ようは廃墟という奴だ。



 京也はその廃倉庫の中に躊躇わずズカズカと入って行く。

 嫌な予感しかしないが、まあ仕方が無い。

 後に続いた。



 中は風雨に晒されていない分、外よりは幾分マシだったが、それでも廃墟感は否めない。



 引き千切れたベルトコンベアー、破壊された冷凍ケース、錆び付いた貯水タンクなどが散乱している。



 どうやら冷凍食品か何かを扱っていた倉庫らしい。



 京也の後を付いて行くと、彼は小部屋のような場所で足を止めた。

 ここが目的地らしい。



「こんな所にまで連れてきて、どうするつもりだ?」



 俺が尋ねると、京也はほくそ笑む。



「まあ、取り敢えず、アレを見なよ」



 彼は部屋の中にあった小窓の蓋を開いてみせる。

 その窓の先にあったのは――、



 縄で腕を縛られ、うずくまる名雪さんの姿だった。



「……!」



 俺が瞠目するのを見て、京也は嬉しそうな表情を見せた。



 名雪さんは、そこからは俺達の姿は見えないのか力無く項垂れたままだった。

 何日もそこでそうしていたのだろう。顔には、だいぶやつれた感じが窺える。

 だが、辺りに菓子パンの袋が散乱していることから、それなりに食事は与えられているようだった。



 彼女にこんな事をする奴は、考えるまでもない。

 目の前にいるこいつだ。



 俺は今すぐにでも、こいつをぶん殴りたい衝動に駆られたが、そこは少し我慢してみた。



「で、これを俺に見せて何をするつもりだ?」

「な……」



 京也は怒りに打ち震えて動揺する俺が見たかったのか、反応の薄さに戸惑っているようだった。



 どういう覚悟があって、こんな事までするのか、じっくりと聞かせてもらおうじゃないか。



 全てはそれからだ。


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