第41話 尾行 ◇オフライン◇


 俺はそれとなく綾野さんの様子を探ってみた。



 学校にいる間は特に変わった様子は無く、普段通り。

 まあ、こんな目立つ場所で尻尾を出すとは思えない。



 そんな訳で学校が終わった後、彼女の後を付けてみることにした。



 とはいえ、綾野さんは弓道部に所属しているらしく、部活が終わるのを待たなければならなかった。



「お疲れー」



 弓道場の出口で身を潜めていると、女子部員達の声が聞こえてくる。

 ようやく部活が終わったようだ。



「玲香、じゃあね」

「あ、うん」



 見覚えのあるシルエット。

 どうやら綾野さんが出てきたようだ。



 俺は不可視と隠密のスキルを駆使しながら彼女の後を追う。



 両方ともスキルレベルが上がっているせいか、かなり長く効果を持続出来るようになっていた。

 時折、物陰に隠れてリキャストタイムを取りながら尾行を続ける。



 そのうちに綾野さんが、とある一軒家に入って行くのが見えた。

 極普通の二階建て家屋だ。

 建物に近付いて門柱を確認すると、そこには〝綾野〟のという表札が。



 ここが彼女の家っぽいな。

 さてと……中に入るか……入らないか……?



 俺は二階を見上げた。



 玄関は鍵が掛かってそうだし、ベランダからならもしかして……。



 その場で軽くジャンプして、自分の跳躍力を確かめる。

 体は羽のように軽い。



 薄々感じていたが、行けそうな気がする。



 今の俺は以前と比べたら物理攻撃力が二百倍以上になっている。

 物理攻撃と言えば武器を使った攻撃やパンチなどの打撃が主だが……勿論、キックだって立派な物理攻撃である。



 ということは、それだけの脚力も当然あると推測出来る。

 一般家屋の屋根なんて軽々、飛び乗れるはずだ。



 まあ、物は試しだ。



 俺はバスケットゴールにジャンプシュートするぐらいの感覚で飛び上がった。

 すると、体がふわりと浮き上がり、あっという間にベランダの位置に到達する。

 そのまま、ベランダの内側に着地。



 うん、思った通りだ。

 で、二階の窓だが……おっ、開いてる。



 窓に手を掛け、中に入る。



 しめしめ……って、なんだか空き巣みたくなってきているのは気のせいか?

 見方を変えればミッションをこなすクエストみたいなもんか。



 不可視と隠密スキルがあれば見つかる心配は無いとはいえ、少し緊張する。

 入った先は両親の部屋なのか寝室のような場所だった。



 それで……綾野さんの部屋はどこだ?



 廊下に出て、隣にある部屋に向かうと、ご丁寧にドアの前に〝玲香の部屋〟というプレートが下がっていた。



 ピンク色の少女趣味全開のそのプレートとロゴ。

 綾野さんって、もっとクールなイメージだけど、こんなのが趣味か?



 それはさておき、気付かれないようにそーっとドアを開けてみる。

 すると、隙間の先に綾野さんの姿が見えた。



 よし、見つけた。



 と思ったのだが、ブラウスの肩から彼女の白い肌が覗いているのが見えて、着替え中だということに気が付いた。



 おっと、マズいマズい……。



 俺は一旦、ドアを閉めた。

 このまま、中に入ってもバレないだろうが、俺の良心がそれは止めとけって言っているので仕方が無い。



 だから少し待って、ドアの音に気付かれないように中へ入った。

 室内はフリルのついたカーテンやぬいぐるみが一杯で、こちらも少女趣味全開だった。



 意外だな……。



 部屋着に着替えた彼女は、背中を向けて机に向かっているようでドアの開閉には気付いていない。

 そのままゆっくり彼女の背後に近付く。



 帰宅早々、勉強か?



 そう思いながら机の上を覗くと、そこには〝ラブラブ計画帳〟なる胡散臭いタイトルが手書きされたノートが置かれていた。



 なんなんだ……これは。



「うふふ……うふふ……」



 綾野さんは机に向かいながら独りで笑っている。



 なんだよ……恐いな……。



 そんな綾野さんは、そのノートを開くと何かを書き始めた。




[○月×日(金)]

 今日はユウトとおしゃべりした♪




 は? ユウトって……まさか俺のことか?

 それに今日、彼女としゃべったか?

 朝、綾野さんが「おはよ」って言ってきたから、それに返したのは覚えてるが……それのことじゃないよな?



 ノートは日記のようになっていて、日付ごとにその日あった出来事や感想が書かれていた。

 少し日にちを遡って見てみる。




[○月×日(日)]

 今日は暴走車に轢かれそうになった。

 でも、ユウトが助けてくれた♪ かっこいいー!

 その後、思い切って告白したけど、断られた(泣)

 名雪さんと付き合ってることが確実に。

 だけど、いいの。私は二人目でも。




 暴走車の話が出てくるってことは、このユウトは確実に俺だな……。

 それはさておき、〝二人目でもいい〟とは……。

 普段の綾野さんの言動と違って、こっちの彼女は随分と健気じゃないか。



 それにこれを見る限りでは名雪さんへの嫉妬心は感じられない。




[○月×日(火)]

 最近、ユウトは運動や勉強で大活躍♪

 ユウトが本気を出し始めたら、クラスの女子達の注目が集まりだしちゃってライバルが一杯! 私、ピンチ!




 これは球技大会と期末テスト後の日記だな。

 それにしても……これが綾野さんの本心だとしたら、表の性格と全然違うな……。




[○月×日(金)]

 今日から新学期! そこで奇跡的な出会いが♪

 久し振りにユウトと再会! 嬉しい!

 でも……久し振りすぎて素直になれない……。どうしよう……。




 最初の方まで遡ると、そんな事が書かれていた。



 久し振りに……再会だって??

 俺、綾野さんと前に会ったことなんてあったっけ?

 記憶に無いぞ……。



 疑問に思っていると、机の上に写真立てが置いてあることに気が付いた。

 そこには幼稚園生だろうか? 幼い少年と少女が一緒に仲良く映っている写真が飾られていた。



 ん? この制服……俺が通ってた幼稚園のと同じだ。

 それに、ここに映ってるのって……俺じゃね?



 なんで、この写真が彼女の家に?



 写真の中で俺の隣にいる子は〝こもりん〟だ。

 仲良くしていたから、良く覚えている。



 確かフルネームは小森玲香……。

 って……玲香!?



 もしかして……。



 俺は改めて綾野さんの顔をまじまじと見つめる。

 素朴だった彼女からは、かなり垢抜けた感じに変貌しているが、言われてみれば確かに面影がある。



 なんらかの事情で苗字が変わったのだろう。

 彼女は……こもりんだ。



 まさか、こんなラブコメの定番みたいな再会が、俺の身にも起きるとはな……。


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