第40話 リアルの透明人間 ◇オフライン◇


 名雪さんの家に直接、様子を確かめに行った次の日。

 俺はいつも通りに学校に来ていた。



 彼女の心配をしていても、日常は変わらず流れ続けているからだ。

 それに、さすがにこれ以上は詮索するわけにもいかない。



 待つことくらいしか出来ないのだ。



 そんな俺は、昼休みになると中庭へ向かった。

 何か考え事がある時や、独りになりたい時に、そこにあるベンチを良く利用しているのだ。



 今日も迷わずそこへ向かったのだが……。

 ベンチに座る二つの人影が見えた。



 ん? 先客がいたか……。



 公共のものだから仕方が無い。

 なら、別の場所にするか。



 そう思って、去ろうとした時だ。



「ねえ、名雪さんが最近、来ないのって、やっぱりアレかな?」

「んー……有り得るかもね」



 ベンチに並んで座っていた女生徒二人が、名雪さんのことを話題にしていたのだ。



 あれは確か、うちのクラスの渋谷さんと佐山さんじゃ……?

 何か事情を知っているのか?



 二人の会話を聞きたい。

 そういう時は……あのスキルだな。



 初めて使うが、上手く行くだろうか?



 俺は物陰に隠れると、小さく呟いた。



「不可視」



 そのスキルを使った途端、足下から姿が消えて行くのが分かった。



 おおっ、マジで消えたぞ。



 リアルの透明人間に感動を覚える。



 っと、姿が消えたことに感動している場合じゃなかった。

 彼女達の声が良く聞こえる場所まで移動しないと。



 俺は姿を消したまま彼女達が座るベンチの真後ろに移動した。

 普通に会話をするような距離だ。



 それでも彼女達は俺の存在には全く気が付いていない様子。

 本当に消えているらしい。



 普通に悪戯出来ちゃいそうだけど……止めておく。

 今は二人の会話に耳を傾けないと。



 そのままそこでじっとしていると、彼女達は俺の存在など知る由もないといった感じで会話を続ける。



「この長く休む感じ、中学の時も同じことがあったよね」

「うん、あったあった。あの時は結局、学校側に有耶無耶にされちゃったんだよね」



 中学校でも?

 ってことは、この二人は名雪さんと同じ中学だったってことか。



 それに学校側に有耶無耶……? 一体、何の事だろうか?



 会話の行く末を見守っていると――、

 渋谷さんの口から衝撃的な単語が発せられた。



「でも、確実にあったよね? イジメ・・・



 イジメ……ね。

 この話の雰囲気で行くと、名雪さんが中学でイジメに遭ってたってことか?



 思わぬ過去に驚いている中、彼女達の会話は続く。



「うん、誰が主犯だったかは結局、分からないままだったけど……」

「ねー、謎だったよねー。普通はさ、当事者じゃなくても誰が誰をイジメてるかなんてクラスメイトの間では大体、分かるよね」



「だよねー。噂では虐めてた奴の親が権力のある人物で揉み消したとかなんとか」

「学校側もイジメなんて存在しなかったっていう見解を出したってことは、その噂も案外、真実かもね?」



「先生達も面倒臭そうだったもんね。そんなのに関わっても給料変わらないしって言ってるの私、聞いちゃったし」

「ホントに? ひどーい。マジ腐ってるね」



「確か、名雪さんが喋らなくなったのって、その時からだよね?」

「ああ、うん、そうかも。相当、酷いことされたんだろうね」



 ……。

 名雪さんに、そういう過去があったとは……。



 なんで喋れるのに喋らないのか疑問に思ってたけど、それが関係していたのか。



 するとそこで佐山さんが、ふと頭上に疑問符を浮かべる。



「でも今回は、誰がイジメてるんだろう?」



「前回と同じ人物って可能性もあるんじゃない?」

「ってことは同じ中学の出身者? それって、うちの高校結構な人数がいるよ?」

「あとはアレかな……」

「アレって何よ?」



 渋谷さんが意味深な言い方をして、それに佐山さんが食い付く。



「名雪さんってさ、虐められ易い雰囲気を持ってるっていうかさ……ほら……実際、結構可愛いじゃない?」

「ああ、なるほど」



 なるほど?

 そこで、なるほどとは、どういう事だ?



 名雪さんは俺が言うのもなんだが……可愛いとは思う。

 それがイジメの原因に繋がるというのなら、考えられるのはアレくらいしか思い付かない。



 嫉妬だ。



 自分より可愛いことへの嫉妬。

 それがイジメへと発展する。



 ってことはイジメている奴は女子?



 そう思った矢先、佐山さんが思わぬ所でズバリ名前を挙げてきた。



「じゃあ、綾野さんなんか怪しいね」

「あー有り得るかも」



 綾野さんだって?

 確かに彼女は気位が高くて、キツめな性格だが……学級委員長の彼女が?

 あまり想像出来ないが……。



「最近、綾野さんって桐島君に気があるみたいじゃない?」

「うんうん」



 そこで唐突に俺の名前が出てきて驚く。



「でも、桐島君て最近、名雪さんと仲良いよね。あれ、絶対付き合ってるよ」



 バレてるし!?

 やっぱ、女子の感覚は鋭いなー……。



「プライドの高い綾野さんだから、それが面白く無いんじゃない? 絶対、自分の方が可愛いって思ってるし」

「あー言えてる。陰湿なイジメとかしそうな雰囲気あるし」



 マジでか?

 確かに暴走車から綾野さんを助けた時、彼女の告白を聞いた。

 自分本位でプライドが高いというのも概ね合っている。



 だが、嫉妬心だけで本当に名雪さんへイジメを行っているのだろうか?

 そもそも、今回の長期欠席がイジメと断定するのも早計な気もする。



 ともかく、綾野さん本人に探りを入れてみるのが一番早そうだな。



 俺は不可視のまま、その場をそっと離れた。


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