第36話 暴走車 ◇オフライン◇


 理由よりも先に体が反応していた。



 突っ込んでくる車を視認するや否や、俺はすぐさま駿足スキルを使った。



 直後、人間が知覚出来ないような速さで駆け抜け、へたり込んでいる少女のもとへ辿り着く。

 少女といっても俺と同い年くらいの少女だ。



 ステータスに腕力という項目が無い為、不確定ではあるが、軽々と持ち上げられる感覚はあるので、このまま抱えて離脱することは可能だろう。



 だが、俺達が避けても暴走車を止めなければ被害が拡大するだけだ。

 なら、ここで片付けるしかない。



「ロックバイト」



 小さく呟いた途端、地面から岩が盛り上がり、暴走する車を包み込む。

 岩が車体を食うように掴みかかり、タイヤが空転。

 金属を引っ掻き回したような不快な大音響と共に、ボディが丸めた紙のように凹み、暴走車は動きを止めた。



 すると、飛び出した岩は魔力の粒子となって消える。



 この騒動を周囲で目撃していた人達は皆、口をあんぐりと開けて呆然としていた。

 しかし、その中からチラホラと声が聞こえてくる。



「なんだ……今の……。岩が地面から生えたように見えたぞ……」

「車がぶつかった衝撃で歩道の舗装が捲れ上がったんじゃないか?」

「そんなふうには見えなかったがな……」



 中々、的を射た発言だが、それよりも今は目の前の少女だ。



「おい、大丈夫か……って……あれ?」



 改めて抱きかかえている少女に目を向けると、それが見知った顔だということに今頃気付く。



 それはうちのクラスの委員長、綾野玲香、その人だったのだ。



 なんという偶然だろう。

 助ける方が先で、顔を確認する暇なってなかったからな……。



 そんな彼女は、まだ現実を把握し切れていないようで、ぼんやりとしていた。



「桐……島……くん?」



 ようやく目の焦点が俺に合うと、彼女は周囲の状況に目を向ける。

 そこには薙ぎ倒された看板や、潰れた車、そして多くの人々の視線があった。



 それでやっと、状況を理解したようだった。



「私……歩いてたら急に周りの皆が悲鳴を上げて……。そしたら目の前に車が……って、もしかして……桐島君が助けてくれたの?」

「いや、まあ……偶然そういうことになっただけだけど」

「……」



 彼女は俺のことをぼーっと見つめていたが……突然、我に返り――、



「好きっ!」

「はっ!?」



 急に俺に抱きついてきた。



 この様子では怪我は無いようだが――、

 なんでそうなった!?



 というか、俺には一応、付き合っている名雪さんがいるのだ。

 この状況は良くない。



「ちょっと待った! いくらなんでも唐突すぎるだろ」

「そんなことないわ」



 俺が彼女のことを引き剥がすと、名残惜しそうな表情を見せる。



「私、出来る人が大好きなの」

「それって……」



 最近、勉強や運動で目覚ましい成績を残したからだろうか?

 だとしたら打算的だな。



「最近の桐島君の活躍には目を見張るものがあるわ。まさに私の隣に相応しい人間よ。今、私を助けてくれたことは、それを強く決定付けさせてくれたわ」

「はあ、そうですか」



 俺は適当に受け流す。



 なんて烏滸がましい。

 綾野さんて、こういう人だったんだな。



 なんだか助けたことに後悔しそうになった。



「というわけで、付き合ってあげてもいいわよ」

「断る」



「ふぁっ!?」



 彼女はまさか自分がフラれるという状況は、想像すらしたことが無いのだろう。

 何が起きたのかといった具合で目を丸くしていた。



「い、今……断る……って?」

「ああ、断る」



「そんな、まさか……私から誘っているのよ?」

「何度でも言うぞ。断る」

「ぐはっ……!」



 ショックを受けすぎたのか彼女は胸を押さえて項垂れた。



「ど……どうして?」



 この期に及んで「どうして?」ときたか。

 それなら仕方が無い。



「俺には既に付き合っている人がいるんだ。だから無理」

「……!?」



 彼女は再びショックを受けたようで、体をビクッと震わせた。



 っていうか、委員長って、こんなキャラだったっけ?



「それってもしかして……名雪さん?」

「どうしてそれを?」



 綾野さんは、やはりという顔を見せた。



「最近、一緒に帰ってるでしょ? だからよ」

「なるほど」



 まあ、特に隠したりはしていないし、急に揃って下校し始めたら目に止まるか。



「じゃあ尚更、分かるだろ。そういう訳だから諦めてくれ。それより今はそんな事を話している場合じゃない」



 未だ周囲は暴走車の被害で騒然としている。

 誰かが呼んでくれたのか警察と救急がやってきていた。



「君達、大丈夫か? 怪我は?」



 駆け寄ってきた救急隊員が俺達に尋ねてくる。



「ああ、俺は平気です」

「私も何ともないわ」



「じゃあ、一応検査だけしておこう。救急車に乗って」



 そう勧められたが、魔法を使った件もある。

 余計なことを詮索される前に立ち去りたい。



「俺は通りがかっただけで、実際に被害を受けたのは彼女ですから。彼女を見てあげてください」



 そう言い残すと、小走りで場を離れる。



「えっ……ちょっと、君!」



 呼び止める声が背中から聞こえるが、構わず立ち去った。



 去り際、暴走車を運転していた男が警察官に取り囲まれている姿が見えた。

 エアバッグのお陰で運転手には怪我は無かったようだが、その男は見る限り、かなり年配の人で、震えながらこんなことを口にしているのが漏れ聞こえてきた。



「ワ、ワシは……ブレーキを踏んだんじゃ……。そしたら車が急に走り出して……う、嘘じゃない!」



 そんな事を訴える男の横を俺は通り過ぎ、家路に就いた。


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