第35話 ゲーム好きのオーラ ◇オフライン◇


「お邪魔します……」


 俺は恐る恐る、名雪さんちの玄関に入った。


 中は然程、広くなく1LDKといったところ。

 ここで名雪さんは母親と二人暮らしをしているらしい。


 ユーノ『ちなみに母は明日の夜まで帰ってこない』

「あ、そう」


 ユーノ『ちなみに母は明日の夜まで帰ってこない』

「なんで二回言った!?」


 どうもそこを強調したいらしい。


 彼女が言うには、母親は仕事が忙しい人で家に居ることの方が少ないらしい。

 だから、ほぼ一人で住んでいるようなものなのだとか。


 家の中は雑然としていたが、それなりに整理が成されていて、生活感のある極普通の家に見えた。


 俺はリビングに通されると、そこにあるソファーに座った。

 1LDKなので、特に自分の部屋があるというわけでもなく、いつもここで彼女は過ごしているらしい。


「それで、どうして俺をここへ連れてきたわけ?」


 すると彼女は恥ずかしそうにメッセージを送ってきた。


 ユーノ『一緒に……ゲームがしたかったから』

「ゲーム?」


 言われて周囲を見回すと、リビングの壁際にあるローボードの上に様々なゲーム機が置かれているのを見つけた。


「お……もしかしてこれ……ネクサスDC!? あっ、こっちのこれはニンドウ64じゃないか!? 4DOレアル!? ポポン@マークスまである!」


 そこにはVR機が主流になる前の――、

 俺達が生まれる以前の往年のゲーム機が並んでいた。


 しかも、無いものは無いというくらい全てのコンシューマー機が揃っている気がする。


 ユーノ『ユウトなら反応してくれると思ってた』


 確かに俺はVRゲーも大好きだが、新旧問わずゲームというものに目がない。


 ユーノ『ソフトもこちらに揃っております』


 そう言って彼女はキャビネットみたいな所を開けて見せてくれた。

 中には色々な機種の有名作品からマイナー作品までが、ぎっちりと詰まっていた。


「おおっ」


 なんというコレクション。

 伊達に廃ゲーマーは名乗っていなかったという訳か。


 しかし、一つ気になることがある。


「でも何故、俺がこういうの好きだって知ってるんだ?」

 ユーノ『ユウトを見ていれば分かる』

「そういうものか?」


 なんかゲーム好きのオーラみたいなのが出てるのだろうか?


 ユーノ『だから、これらを一緒にやりたくて……』

「お、いいね」


 ユーノ『昔のゲームって二人プレイで楽しんだ方が面白い作品も多いし』

「それ分かる。多人数でワイワイやるのが楽しいんだけど、友達いないのが問題で……」


 そこで互いに目が合い、同志! みたいな雰囲気になる。


 ユーノ『じゃあ早速、何からやる?』

「うーんとそうだな……ジェネシスドライブなんかがいいんじゃないか? 面白いソフトが多いし」

 ユーノ『さすが、渋い所を選ぶね。じゃあ、それからやって行こう』


 彼女は慣れた手付きで配線を行っていた。


 しかし、初めてのデートが自宅でゲーム三昧とは……如何なものだろうか?

 極普通の男女が行うデートでないことは確かだと思う。


 でも、俺達らしいといえば、そうかもしれない。

 ゲームデートとでも言おうか。


 そんな訳で、繋ぎ終わったジェネシスドライブで、まずは対戦格闘モノから始める。

 これに思いの外、熱が入り、結構な時間をプレイ。


 その後も様々な機種に取っ替え引っ替えしながらレトロゲーを楽しんだ。


 気が付けば日はとっくに暮れ、夜になっていた。


 二人共まだまだ遊び足りないといった雰囲気だったが、このまま続けていると完全にお泊まりコースになってしまう。

 デート初日で彼女の家にお泊まりだなんて、さすがにマズい気もするので、そろそろ帰ることにした。


「もうだいぶ遅いから、そろそろお開きにしようか」

 ユーノ『私、帰りたくないっ』

「ドラマなんかで別れ際にありそうな台詞だけど、間違ってるからな。君、既に帰ってるし」

「……」


 ただ言ってみたかっただけのようだ。


 ユーノ『お泊まり可』

「可でも遠慮する」

 ユーノ『ぴえん』

「ぴえんとか言うな」


 いくら本人がいいと言っても、親の居ぬ間に泊まるような勇気は俺には無い。


「どうせこの後、ノインヴェルトにログインするんだろ?」

 ユーノ『そのつもり』

「じゃあそこで会おう」

 ユーノ『うん』


 彼女はそれで納得してくれたようだった。


「じゃあそういう訳だから帰るよ。今日は楽しかった。ありがとう」


 そう礼を言うと、名雪さんはハッとなった後、頬を染めた。


 ユーノ『こちらこそ……ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて……』

「一緒にゲームを遊びたいという気持ちは、決してワガママなんかじゃないさ」

「……」


 すると彼女の頬は更に朱を深めた。


「それじゃ、俺はこれで」

「あっ……」


 彼女が見送りに出そうになったので、俺は先に断った。

 だが、そこで名雪さんが何か言いたそうにしているのが分かった。


 彼女は、やや慌てたようにスマホを弄り、すぐにメッセージを送ってくる。


 ユーノ『また、一緒に遊ぼ』


 それは何の変哲もない言葉だったが、そこには彼女の切なる思いが込められているような気がした。


「ああ」


 とだけ短く答えると、名雪さんは安心したような柔らかい笑みを浮かべるのだった。


          ◇


 帰り道。

 俺は車のヘッドライトが続く道を自宅に向かって歩いていた。


 それにしても初めてのデートがどうなるのかと不安だったが、蓋を開けてみれば楽しい時間を過ごしただけだった。


 また、彼女の家に行く楽しみが増えたな。

 今度行った時は何をプレイしようか?


 そんなふうにレトロゲームに思いを馳せている最中だった。


 前方の車道でエンジンを吹かすようなけたたましい音が上がったのだ。


「なんだ??」


 ちょっと普通ではないと感じ取った直後、

 一台の車が急発進し、歩道を乗り上げ、突き進んでくる光景が視界に飛び込んできた。


「おい……嘘だろ……」


 歩道を歩いていた人達は暴走車に気付き、悲鳴を上げた。


「きゃあぁっ!?」

「うわぁぁっ!!」

「な、なんだっ!?」


 慌てふためいた人々が蜘蛛の子を散らすように走り始めた。

 逃げる人達の合間を掠めながら暴走車がこちらに向かってくる。


 その最中、逃げ惑う人達に押されて転んでしまった少女が目に止まった。

 そんな彼女の背後には既に暴走車が迫っている。

 とても今から避けられる距離ではない。


「あのままじゃ……」


 そう思った瞬間、俺の体は勝手に動いていた。

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