第24話 俺の財布か? ◇オフライン◇


 期末テストの結果も出て、俺は久し振りの解放感に浸っていた。



 今回、特に苦労した訳じゃないが、テストいう制約の中に押し込められていたものが解き放たれると、誰しも気持ちが良いものだ。



 今日もこれで授業も終わり。

 なんだかパーッとやりたい気分だ。



 そんな事を思っていると、俺のスマホが震えた。



 ユーノ『一緒に帰ろ♪』



 言わずと知れた名雪さんである。

 同じクラスなのだから直接言えばいいのに、毎回この調子だ。



 付き合うと決めたあの日から毎日、彼女と一緒に帰る習慣が出来上がっていた。

 二人共、部活に入っている訳でもないので自然とそうなったのだが……。



 一緒に帰ろうと誘っておきながら、この距離感はなんなのか!



 彼女は俺の横に並ぶ訳でもなく、数十歩後ろをまるでストーカーのように付けてくるのだ。



 全然、一緒に帰ってる気がしねえ!



 ユウト『あのー……ユーノさん? これ一緒に帰ってる意味ないよね?』



 スマホでメッセージを送ると、すぐに返ってくる。



 ユーノ『そんな事ないよ? とっても楽しい。ゲームの話をしながら帰れるし』

 ユウト『話って……スマホでやり取りしてるだけじゃん! それなら一緒に帰らなくても出来るじゃん!』



 それを送ると、少し間が空いて――、



 ユーノ『だって……恥ずかしいんだもん』



 それが本音だった。



 ノインヴェルトでは、彼女から手を繋いできたり、抱きついてきたり、あとは……キスまで迫ってきたりと、かなり積極的であるのに、どうして現実ではこんなに奥手なのだろうか?

 まあ、人の事は言えないんだけど。



 ユウト『続きはリアルで……とまで言ってたのに?』



 オンライン上でのキス行為が倫理コードに引っ掛かった時、彼女はそんな事を言っていた。

 あれはなんだったのかと思ってしまう。



 しかし、その一言は余計だったと反省した。



 遙か後方を歩いていた名雪さんがスタスタと近付いてきて、俺の横に並んだのだ。

 ただ、視線は下に向けたままで、顔は火照ったように上気しているのが分かる。



 その状態から、片手でスマホを弄りだした。



 ユーノ『そうだったね! 思い出したよ! じゃあ続きをしましょ!』



 そんなふうに、やる気満々のメッセージが送られてきたが――、

 実際の彼女は俺の隣で焼けた鉄のように顔を真っ赤にして、プルプルと体を震わせていた。



 ユウト『言葉と行動が全然合ってないんだけど?』

 ユーノ『そう? 私はユウトと結ばれる気満々だよ』



 足を止めた名雪さんは、未だプルプルとしているだけだ。



「いやいや、無理すんなって」



 明らかに彼女の心の限界を超えている。

 クラスの誰ともしゃべらない超内向的な彼女が、急にそんなことするなんてハードルが高すぎる。

 足下もフラついてし、このままじゃ倒れてしまいかねない。



 ユーノ『もう、ユウトったら恥ずかしがり屋さんなのね』



「それをお前が言うなっ」



 ユーノ『仕方無いね……。じゃあ手をつなご!』



 そこで彼女は俺に向かって手を伸ばしてきた。

 だが、その手は小指だけがピンと伸びている。



 まさか、これ……。



 恐らく、これが今の彼女の限界なのだろう。



 俺は自分の小指を伸ばすと、恐る恐る彼女の指に絡ませる。

 そっと触れ合った名雪さんの肌から緊張感が伝わってきた。



 それがリアルで初めての手つなぎ……いや、指つなぎだった!



 なんだこれ……。

 でも、こういうのもアリか?



 隣に目を向けると、頬を紅潮させている彼女の姿が目に入ってきた。

 その様子を見ていると、こっちまで気恥ずかしくなってくる。



 そんな中、メッセージが送られてくる。



 ユーノ『期末テストも完全に終わったことだし、どこかに寄って遊んでかない?』



「いいね、俺もそう思ってたところなんだ」



 まさに以心伝心といった感じ。

 ってか、手を繋ぎながら片手でスマホ弄るって器用だな!



 端から見たら俺達って……会話そっちのけで自分のスマホに掛かりっ切りの冷めた関係にしか見えないだろうな……。



「それで、どこに行くんだ?」



 ユーノ『私、行きたい所があるの。多分、ユウトも好きなとこ』



「じゃあ、そこにしよう」



 行き先が決まった所で、俺達は指を繋ぎながら歩き始めた。



          ◇



 やって来たのはアニメやゲームのグッズショップだった。



 恋人同士が訪れるのは決まってオシャレなお店だと思っていたが、趣味が合う俺達にとってはこっちの方が天国だった。



「うお、ノインヴェルトのグッズも置いてるじゃん!」



 ユーノ『最近入荷したばかりらしいよ』



「そうなんだ、知らなかった」



 ゲーム関連のキャラクターグッズが並ぶコーナーにノインヴェルトコーナーが作られていた。

 ある意味、ちょっとしたノインヴェルトショップである。



 キャラがプリントされた定番のステーショナリーグッズから、フィギュアや服まで並んでいる。

 中にはゲーム中の剣を再現した1/1スケールモデルまで置いてあった。



「いい場所を教えてもらった」



 ユーノ『ふふん、でしょ? でしょ?』



 特に気になったのは、ショーケースの中に入ったノインヴェルトオンライン限定初回特典版。

 俺が発売日当日に買えなかったやつだ。



 今はもうソフトはあるからゲーム自体はいらないのだが、限定版には数百ページにも及ぶ、まるで図鑑のような厚さの設定資料が付いてくる。

 それが欲しかった。



 でも、生産数が極端に少ないみたいで、今ではプレミアが付いていた。

 ここの飾ってある物も定価から桁が一つ違っている。

 まさか、ここまで価値が上がるとは思ってもみなかった。



 さすがにこれは買えないなあ……。

 仕方が無い……キーホルダーの一つでも買って帰ろう。



 ユーノ『それ買うの?』



 俺がノインヴェルトの紋章を象ったキーホルダーを手にすると、名雪さんが尋ねてきた。



「ああ、結構格好いいし、普段使いでも行けるんじゃないかと思って」



 ユーノ『じゃあ、私も同じの買う。お揃い♪』



 彼女も同じキーホルダーを手に取ると、淡いながらもホクホクした笑顔を見せていた。



 なんか可愛い。



 ともあれ俺は早速、そいつをレジへ持って行く。



「650円になります」



 キーホルダーにしては結構高い。

 鉄製プレートだからかもしれないけど。



 やれやれ今月も金欠だ。

 またバイトしなくちゃならないのかな……。



 そんな事を思いながら財布を開けた時だった。



「え……?」



 一瞬、時が止まった。

 財布の中に有り得ないくらいの札束が詰まっていたのだ。



 ちょ……ちょっと待て……これ本当に俺の財布か?

 間違って誰かの財布を持ってきてしまった??



 そんなふうに疑ってしまうくらいに一万円札が収まっているが、確かにそれは自分の財布だった。



 中身を数えてみると……軽く十万円以上はある。



 なんだよこれ……。



 顔が青ざめるのを感じながら、理由を考える。



 リアルでとんでもないことが起こる時、それは決まってステータスの同期が関わっている。



 ということは……。



 ゲームで稼いだ金がそのまま反映されてる!?



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