第5話 同期している ◇オフライン◇


 現実でゲームのようなエフェクトが飛び散るだなんて有り得ない。



 でも、目の前で起きていることは幻でもなんでもない。

 現に俺は殴られたにも拘わらず、全く痛みを感じなかったのだから。



 そこでふと、ノインヴェルトを起動した際に表示されたダイアログの事を思い出す。




『ノインヴェルトのステータスをリアルと同期させますか?』




 それって、もしかして……ゲームの世界と現実世界を同期シンクロさせるってことなのか??



 文面から考えてもそういうことにしか見えないし、実際にそれが起こっている訳で……。



 俺は戸惑った。

 でも、俺を殴った不良は、もっと戸惑っていた。



「なっ……??」



 リーダー格の少年は、倒れない俺と自分の拳を見比べて困惑していた。



 それもそうだろう。

 昨日と同じ調子で殴ったのに、相手が平然としているのだから。



 僅かな間だが周囲が変な空気になる。



「ちっ……」



 彼はその空気を打ち消すように舌打ちすると、何かの間違いだと思ったのか再び殴りかかってきた。



「なめやがって!」



 これがもし本当に現実がゲームと同期しているというのなら、カタカタの実の効果はあと一回分、残っている。

 もう一度殴られても、なんともないだろう。



 だが、さっきは気付かなかったが……このパンチ、よくよく見れば避けられそうなくらい遅く見える。

 スライムの体当たりよりも遅いくらいだ。



 もしかしてレベルアップで敏捷の数値も上がってるから、それも反映されてるのか?

 これなら、わざわざ当たりに行って、カタカタの実の効果を消費する必要も無い。



 俺はスライム狩りで得たタイミングの取り方で体を横に傾ける。

 それで奴のパンチが脇を擦り抜けた。



「何っ……!?」



 今度は明らかに避けて見せたことで、彼の顔に動揺が走る。



「なんで当たらないんだ……? こんな奴に……!」



 リーダー格の少年が歯噛みする中、他の二人の少年が俺の姿を見ながら呟く。



「そういやこいつ……なんか昨日より背が高くなってないか?」

「まさか……そんなわけないだろ? たった一日で伸びるかよ」



 え? 背が高くなってる?



 他人から言われてみて初めて気付いた。

 そういえば……今朝、なんか制服がキツいなとは思ったけど……。



 現実、そんな速度で背が伸びたりなんかはしない。

 考えられる原因は……キャラメイキングの時に少しだけ背を高く設定したのと、体格もちょっとだけ良くした事。



 まさか、そんなとこまで反映されてるのか?

 なら容姿も美形補正が入ってたりして。



 今日に限ってクラスの女子達が、やたらと俺のことをチラチラ見てくるのは、もしやそのせいだったのか?

 あんまり鏡を見ることが無いから気付かなかったぞ。



 しかし、そこまでゲームと同じだというのなら……。



 ――いける……いけるぞ!



 俺の中に確信が広がった。



 なら、アレも可能かもしれない。

 ――魔法だ。



 俺はノインヴェルト内でファイアの魔法をレベル3まで覚えている。

 それをこの場で使えたら、奴らを撃退出来るかもしれない。



「それで終わりか?」

「……んだと!?」



 俺が吐いた挑発的な言葉に、リーダー格の彼は苛立ちを露わにした。



「弱えくせに、イキってんじゃねえよ!」



 沸点が低いのか、ちょっとした言葉で頭に血が上ったようだ。



「おい、こいつやっちまおうぜ」

「ああ」

「だな」



 彼が言うと仲間の少年二人も頷いた。

 そして――、



「おらぁぁぁっ!」

「死ねやぁっ!」

「ごるぁぁっ!」



 奴らは馬鹿の一つ覚えのように殴りかかってきた。



 そんな彼らに向かって、俺は静かに右手を前に掲げた。

 そして意識の中で念じる。



 ――ファイア。



 直後、何も無かった眼前の空間に炎が噴き上がった。



「いぃっ!?」



 殴りかかってきていた不良達は熱風に煽られるように仰け反り、尻餅を突く。



 出現した火球は俺が思っていたよりも大きく――そして激しく燃えていた。



 やばっ!? 

 ゲームでは世界に馴染んでるけど、それを現実に持ってくると思いの外、激しいぞ!?

 こんなのを実際に放ったら火事になってしまう。



 どうしたら止められるのか分からないが、ともかく意識を引っ込めた。

 すると、膨らみ始めていた火球がみるみる萎んで行く。



 瞬く間に火球は小さな点となって眼前の空間から完全に消え去った。



 俺はホッと胸を撫で下ろす。



 ふぅ……。

 キャンセル出来るようでよかったー……。

 これは安易には使えないな。他の方法でなんとかしないと……。



 そんなふうに不良達に対して別の対策を考えようとしていた時だ。



「あわわわ……」

「?」



 気付けば彼らは皆、腰を抜かしたように地面で震えていた。

 それに熱風で煽られた影響か、三人とも髪の毛がチリチリに焦げてパーマのようになっていた。



 そんな彼らの表情には、もう戦意は無い。



「ひ……ひぃぃぃっ!?」



 不良達は擦れたような悲鳴を上げながら、慌てたように逃げて行ってしまった。



「……」



 うーん……やり方はマズかったかもしれないが、取り敢えず撃退は出来たみたいだな……。



 おっと、そういえば名雪さんは……。



 彼女のことを思い出して、そちらへ目を向ける。

 すると、名雪さんは壁際に座り込んだまま俺のことを呆然とした目で見つめていた。



 だよねー……。



 目の前で変なエフェクト出して、火球まで作ったらそうもなるだろう。

 さて、どう説明したものか……。


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