第4話 名雪悠乃 ◇オフライン◇
帰りのホームルームが終わるや否や、俺は忍者と見紛う静けさと素早さで教室を出た。
無論、その足は自宅へ向けての直行である。
しかも鼻歌交じりだ。
それも先日、思い掛けず手に入ったノインヴェルトオンラインのせい。
授業中もその事で頭が一杯でずっと、そわそわしていた。
久し振りにのめり込めるゲームの登場に進む足も速くなる。
いつもの下校路を通る最中、ふと昨日の不良達のことを思い出す。
同じ道を通ると、また奴らに出くわす可能性があるな……。
それは絶対に避けたい。
仕方ない、少し遠回りになるけど道を変えるか。
そう思い立って、横にある細い道に足を踏み入れた時だった。
「おい、何か言ってみろよ!」
道の先から不穏な声が聞こえてきた。
俺は嫌な予感がして、咄嗟に物陰に隠れる。
「聞こえねえのかよ!」
再び怒鳴り声が聞こえてきた。
しかも、この声には聞き覚えがある。
間違い無い。
昨日、俺から金を奪った奴らだ。
誰か絡まれてるのか?
ご愁傷様……と思いつつ、気になって様子を探る。
物陰からそっと顔を覗かせると、制服を着た三人の少年が見えてくる。
あの顔は忘れていない。
やっぱり、昨日の奴らだ。
その三人に取り囲まれるように壁際に追い詰められている人物がいる。
うちの学校の生徒か……?
不良達の合間に見え隠れするその人物の顔を確認したその時、俺の中に衝撃が走った。
女生徒!?
しかも、彼女には見覚えがある。
うちのクラスの
彼女は俺と同じでクラスでは目立たない存在。
物静かで、誰とも口を利かず、いつも教室の隅にいるような人物だ。
実際、彼女が何かしゃべったところを見たことがないし、親しい友達がいる様子もない。
ただ顔立ちは物凄く整っていて、スタイルも良く、その辺のアイドルなんかよりもずっと可愛い。
だから、彼女に言い寄る男子生徒もたまに見かけることがあった。
でも、その物静かな性格が災いしてか、コミュニケーションが取れず、皆諦めてしまうらしい。
そんな性格だから、不良に囲まれた彼女は声も上げられず、ただ怯えていた。
男三人に囲まれたら誰でもそうなるかもしれないけど、彼女の場合は特段気弱なせいか、顔面蒼白で震えが止まらない様子だった。
「おい、こいつ震えてるぞ」
「あらら、お前が強く言いすぎるから」
「別に俺達はお前を痛めつけようっていうんじゃないんだぜ?」
少年達はニヤニヤしながら彼女の姿態を舐め回すように眺めている。
それだけで俺は奴らの下心を悟った。
マジかよ……あいつら……。
何も言えなそうな大人しい子に狙いを付けて、手を出そうなんて……心底ゲスな奴らだ。
「俺達と仲良くしようって言ってるんだ。悪いようにはしねえよ」
リーダー格である少年が下卑た笑みを浮かべながら彼女に近付く。
すると、名雪さんは恐怖で足に力が入らなくなってしまったのか、壁を伝うようにして地面にぺたんと腰を下ろしてしまった。
「どうやらオーケーみたいだぜ?」
「おお、やった。じゃあ俺が一番っ」
「バカか、俺が最初に決まってんだろ!」
呆然自失としている彼女の前で三人が揉めている。
このままでは彼女の身が危ない……!
しかし、この場所はビルの合間にあるような路地だ。
人通りが皆無といって等しい。
誰かの目に留まる可能性は低いし、警察を呼ぶにしても到着までに時間がかかる。
そんなのを待っていたら手遅れになる。
となると、彼女を救うことが出来るのは今現在、俺だけってことだ。
だが、俺の力じゃ彼らに返り討ちにされるだけで、助けるどころの話ではなく被害者が増えるだけだ。
昨日、痛い思いをしたので尚更、行動を起こそうという気になれない。
このまま見なかった事にして、立ち去ることも出来る。
でもなー……。
あとになって後悔するんじゃないのか?
ずっと、この時のことを思い出して引き摺るんじゃないのか?
そもそも、人としてどうだろう。
なにも正面切って戦わなくてもいいんだ。
彼女が逃げる隙さえ作れればそれでいい。
それくらいなら――俺にも出来るはず……!
俺は決意を固めた。
怖じ気づく体を奮い立たせて、物陰から飛び出す。
「ん……? なんだてめぇ」
不良達が揃って俺の方を見た。
もう後戻りは出来ない。
「お? もしかしてお前、昨日の奴か?」
リーダー格の少年が俺の顔を見てそう言った。
どうやら覚えていたようだ。
「借りた金の催促なら百年後にこいよ」
その台詞に呼応するように他の二人の少年も嘲笑を浮かべる。
しかし、今はそんな事どうでもいい。
この隙に彼女が逃げてくれれば……。
俺は視線で名雪さんに促した。
だが、彼女は足に力が入らないのか、その場から動けないようだった。
おいっ! 何やってんだよ……。
ここで逃げてくれないと、勇気を振り絞って出て来た意味がなくなるじゃないか。
俺の尊い犠牲を無駄にしないでくれ!
突っ立ったまま何もしないでいると、さすがに彼らの癇に障ったようだ。
「聞こえねえのか? 俺達は今、取り込み中なんだ。それともまた痛え目にあいたいのか? ああん??」
完全に彼らの標的が俺に変わった瞬間だった。
しかし、俺は立ち尽くすことしか出来ない。
彼女が逃げてくれるまでは……。
「なんだ? 文句でもあるのか?」
リーダー格の少年が苛立ちを露わにし、俺に近付いて来る。
「どうやら、とことんやらねえと分からないようだな!!」
彼は握った拳を振り上げた。
そして俺の顔面を狙って振り下ろされる。
「くっ……!」
俺は痛みに堪える為、歯を食い縛った。
だが――、
パリーン
「……え?」
確実に殴られたはずなのに、痛みが無かった。
それどころか、ガラスが割れたような音がして、俺の眼前に盾のようなエフェクトが飛び散るのが一瞬見えた。
これって……。
俺はこのエフェクトと同じものをゲームで見たことがある。
そのゲームの名は、
ノインヴェルトオンライン。
その世界でカタカタの実の効果が発動した時に出るエフェクトと全く同じだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます