#13 ホムンクルス

「魔法を付与する魔法を教えてもらえませんか? 例えば武器とかに」


「『魔法付与』か。そうだな。君は弓や斧といった武器を使う。そんなところまでルブルムに似ているな……ルブルム、教えてみるか」


 カエルレウム師匠が笑う横で、ルブルムは無表情で俺へと近づいてくる。

 始めのうちは彼女のこの無表情を不機嫌なのかととらえていたが、どうやらそうでもないらしい。

 ずっとこう。こういう子なんだ。


 ルブルムは俺の背後へと回り、右手を俺の右手へと添わせる。

 俺も慌てて右手を前方へと突き出す。

 この背後に回って当ててくるスタイル、魔法を教えるときの公式ルールなのかな……毎回無駄に緊張する。


「『魔法付与』を使う」


「合わせます」


 俺は魔法代償を集中し、ルブルムの使う魔法を受け入れる準備をした。

 そしてすぐに、右手の魔法代償が消費されたのを感じる。

 『魔法付与』は『魔法転移』同様、対象魔法を指定し、魔術として組わ合わせて使う魔法なのだが、この魔法自体を教えるときは、単体で使う。

 もちろん何も起きないが、魔法のイメージは俺の中に刷り込まれる。

 あとは先に教えてもらった四つの魔法と交互に練習して……ん?


「……か?」


 ルブルムが俺の背後で何か言っている?


「リテルは私に似ているのか? リテルもホムンクルスなのか?」


 ホムンクルス?

 それってアレか?

 パラケルススがフラスコで造った人造人間。

 ゲームやってたり、マンガ談義をしている中で丈侍が時々教えてくれるモンスター豆知識の中で、「人間の精子をもとに造る人造人間」なんていうパワーワードは、思春期の多感な童貞男子としては記憶に残りやすい。

 ただ、そうやってできるホムンクルスは、たくさん知識があるけれど小人くらいの大きさしかなかったはず……元の世界では、だけど。


「いや、多分俺は……普通の猿種マンッだと思うけれど」


「私も猿種マンッだ。猿種マンッのホムンクルスだ」


「ルブルムとアルブムは私が作ったんだ。育てるのは大変だったが、彼女らのおかげで私も色々と学ぶことができた。教えることで教えられることがある。誰かに教えるという行為は素晴らしいな。彼女らの存在にはとても感謝している。さあ、そろそろ準備をしなさい」




 俺は弓矢と手斧も装備し直し、師匠からいただいた貴重な魔石クリスタロの位置を調整する。

 弓を射ったり手斧を振り回したりするのに邪魔にならない位置に。


 マドハトはルブルムが昔使っていたという小さな盾と、オイルランプを収めた長方形の灯り箱ランテルナを貸してもらっている。


 ルブルムは革鎧を着込み、さっきまでサンダルだったのをブーツへと履き替え、革の脛当てもしっかり着けている。

 ルブルムの鎧には小剣の鞘が二つも付いていて、おまけに加工革の盾まで持っている。

 けっこうなガチ装備。

 ということは、戦闘があるってことだよな。


 さっきのパイアとの攻防を思いだす。

 今度は武器も魔法もあるし、カエルレウム師匠もルブルムも居る。

 頼りにはしてないけれどマドハトだっている。

 大丈夫。

 大丈夫。

 そう念じてはいるけれど、胸の奥がざわつきが収まらない。


「体が強張っているな。もう少し緩めた方がいい」


「は、はい」


「君がマドハトを拾ったあたりまでは魔除けの道を行く。せめてその間は肩の力を抜いていなさい」


「はい」


 カエルレウム師匠に続いて歩き出したものの、行きに通った道とは思えないほど歩きにくい。

 灯りはマドハトに加え、先頭のルブルムも灯り箱ランテルナを持っている……けど、そういう暗さとか関係ない、何だかわからない、歩きにくさ。


「リテル、君は魔法で何かしたいことはあるか?」


「あ、はい」


 カエルレウム師匠が突然、尋ねてきた。

 魔法でやりたいこと……なんだろう。

 ……元の世界に帰ること?

 カエルレウム師匠のことは信用してはいるけれど、俺が別の世界から来たというかその知識をまだ持っていることを、いまだに言い出せないでいる。

 いや、俺はそもそも元の世界に帰りたいかどうかも定まっていないもんな。


「……まだ、そこまでは……今は、覚えたことを身につけるので精一杯です」


「そうか。魔法というものはな、何でもできる。しかしだからといって何でも魔法で解決しようとすると、必要となる魔法代償に潰されてしまいかねない。魔法には得意なことと不得意なこととがある。例えば、ホムンクルスを作るには、男性の精子を始めとした様々な材料と、それなりの環境と、多くの魔法代償を必要とする。それに引き換え女性は、精子以外は全て自前の体のみで行うことができる。そもそもホムンクルスは、ある魔男マグスが自分の精子を用いて単性生殖できないかと試した結果生まれたものなのだ」


 うわ、なんか寂しそうな由来。

 あと、魔男マグスってのは、魔女に対応する言葉っぽい。

 リテルが普通に知っている言葉なので意味はわかるけれど、利照おれには耳慣れない言葉。


「しかしそうやって生まれた初期のホムンクルスは、子宮を模した瓶の中からは出られなかったし、そもそも獣種には程遠い小さな体躯でな。ほとんど別の生き物と言うべき存在だ。その魔男マグスは、ホムンクルスに知性を与えようと様々なことを教え、ホムンクルスはそれらを覚えたが……」


 そのへんは元の世界のホムンクルスに似ているな。


「覚えただけだった。聞けば答えはするが、聞かなければ答えない。単なる記憶の格納庫だよ」


 人工知能という単語が頭に浮かぶが、それをこちらの世界の言葉にはうまく変換できない。


「リテル、君は今、歩いているだろう。この動作を魔法で再現するのは簡単ではないのだよ。リテルも一度、ゴーレムを作ってみるといい。『歩く』機能を付与しても、街道のような平坦な場所ならば歩いてくれるがね、このように木の根が多く張り出した森の中は簡単には歩けない。状況に応じて動作を使い分けるには、それだけ多くの条件分岐と異なる対応動作とをあらかじめ組み込んで魔術を構築しなければならない。非魔法に頼った方がはるかに早く楽なことを、無理して全て魔法で制御しようとするのは、限りある寿命の持ち主には困難なことなのだ」


「あの……カエルレウム師匠は、どうしてルブルムやアルブムを作ったのですか?」


「私は魔法で作りあげたモノが、魔法による制御を離れ、自由意志で行動する様を見てみたかったのだ。だが、いろいろな挫折と紆余曲折を経て結局生まれたのは、ホムンクルスではあるけれど、獣種の女性が胎内で作り上げる生命の神秘を模倣したのと変わらない。だから成長もするし、自分の意思を持ちもするが、魔法で作ったとは厳密には言いたくない。魔法で再現しただけ、なのだ。私の求めるホムンクルスはまだ遠い」


 カエルレウム師匠、ちょっとマッドサイエンティスト臭がするなぁ。

 ルブルムの無感情っぽい振る舞いもホムンクルスだから、なのだろうか。


「さあ、ここから先は森へ踏み込むぞ」


 いつの間にか、俺がマドハトを拾った辺りまで着いていた。

 肩の力も、さっきよりはずいぶんと抜けている。

 もしかして、俺の緊張をほぐしてくれていたのかな……改めて、カエルレウム師匠の偉大さに頭が下がる思い。


「灯りは消しますか?」


 ルブルムが問いかける。

 この灯り箱ランテルナは、四つの側面にそれぞれスライド式の蓋がついている。今は四面とも開いている状態。

 蓋の内側には薄い金属で覆われており、一面だけ残して閉じた場合、四面とも開いているよりはより明るくなる。


「前だけ開けておこう。マドハトも前以外の蓋は閉じるのだ」


 ルブルムを先頭に、カエルレウム師匠、俺、マドハトという順番で、森の中へ分け入ってゆく。


 しばらく進んでいると、なんだか足下がチラつく。

 ふと後ろを見ると、マドハトがやけに落ち着きをなくしている。

 そのせいで手に持っている灯り箱ランテルナもやたらと揺れているようだ。


「マドハト、どうした?」


「リテルさま……イヤな感じ、するです」


 俺は、そのフラグっぽい報告の方がよっぽどイヤだよ。

 さっきパイアに拉致されたのだって、マドハトがそんなこと言った直後なような……って、言わんこっちゃねぇ。

 久々に股間の主張を感じる……いわゆる玉ヒュンだけど。


 そんな俺たちを威嚇するように、低い唸り声がそう遠くない場所から響いた。

 身構えている俺たちの目の前に、巨大な影がゆらりと現れる。


 四足の……獣?

 パイアを思いだして全身に力が入る。


「皆はここで待つのだ」


 カエルレウム師匠は一人でその獣へと近づいてゆく。

 カエルレウム師匠が大丈夫というのだから大丈夫なのだろうけれど、不安は不安。


 獣もゆっくりと近づいてくる……ルブルムの持つ灯りの照らす範囲まで。


 それは巨大な狼だった。

 初めて見る俺にもわかる、それが普通の狼ではないことが。

 鹿の王様と同じ、美しさと気高さ、そして優しさと厳しさとをあわせ持つ、神聖な気配。

 狼の王……様?


 大狼はカエルレウム師匠の匂いを嗅ぐと、カエルレウム師匠はその首に優しく手を回す。

 何かを喋っているようにも感じるが、カエルレウム師匠の言葉は俺の耳には届かない。

 やがて大狼はカエルレウム師匠から離れ、静かに去っていった。


 俺たちは慌ててカエルレウム師匠の元へ駆けつける。


「あの、師匠……師匠は動物と魔法で会話しているんですか?」


「彼らは我々の言葉を理解はするものの、自身の言語を持たない。ただ長く交流をしていれば、伝えたいことは大方わかるようになる。彼は……狼の王は、この先に魔物が来ていることを伝えてくれたのだ」


 この先に魔物……。

 緊張をほぐそうと、俺は腰の後ろにある斧の鞘の留め具を外して、留めて、外す……これはリテルが緊張をほぐすときにやっていたルーティーン。

 鞘の留め具を弄っている俺の手に、マドハトがぎゅっとしがみつく。

 ああ、マドハトじゃなくてもわかる。

 酷い血の臭いが、ここいらまで漂ってきていた。






● 主な登場者


利照トシテル/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。

 ただ、体も記憶もリテルなのに、自意識は利照のまま。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。猿種マンッ

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 でも呪詛による不能と、カエルレウムの治療のおかげで生き延びた。

 カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。


・マドハト

 赤ん坊のときに取り換え子の被害に遭い、ゴブリン魔術師として育った。犬種アヌビスッの先祖返り。

 今は本来の体を取り戻している。

 ゴブリンの時に瀕死状態だった自分を助けてくれたリテルに懐き、やたら顔を舐めたがる。

 リテルにくっついてきたおかげでちゃっかりカエルレウムの魔法講義を一緒に受けている。


・カエルレウム師匠

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種マンッ

 肉体の成長を止めているため見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服は鮮やかな青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔法の師匠。


・ルブルム

 魔女の使いの赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種マンッのホムンクルス。

 痴女だと思われるほど知的好奇心が大きい。


・アルブム

 魔女の家に住むの可愛い少女。リテルよりも二、三歳くらい若い感じ。兎種ハクトッのホムンクルス。

 もしゃもしゃの白い髪はくせっ毛で、瞳は銀色。肌はカエルレウムと同じように白い。


・パイア

 猪の皮を被った魔物。中身は獣種の女性に似ていて、繁殖のために獣種の男を誑かして交尾する。

 交尾が済むと、子の栄養のため、攫った男も周囲の生命も喰らい尽くす。

 可哀想な被害者は交尾を免れたとしても、パイアの毒で死んでしまう。


・狼の王

 森に棲む神々しい狼。友好的。

 獣種の言葉を理解しているし、彼の伝えたいことをカエルレウムも理解できるらしい。


● この世界の単位

・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集めるのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間ホーラの十二分の一となる時間の単位。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る