#12 新しい魔法

「ちょうどいい。治療の魔法も教えるぞ」


 カエルレウム師匠は俺の背後でクスっと笑う。

 なんという剛毅。そこに痺れる憧れる。


「治療の魔法は幾つもあるが、今から君が使うのは『生命回復』だ。生命体が本来持つ回復力を増強して治癒を行う。この魔法は怪我をして間もないほど効果も高い。ただし、もともと自力では回復できない強い毒などの症状に対しては効果が薄い。指先のみだから一ディエス分でよい。対象はリテルの指先だ」


「は、はい」


 失敗への動揺を押さえつつ、指先へ……ちょ、ちょっと待って。


「カエルレウム師匠、こういう時は魔法代償を怪我した部分に集めるんですか? それともその手前ですか?」


「患部に集中すると痛みが混ざって魔法の精度が悪くなる。患部に隣接する場所に集めるのが良いだろう」


「わかりました」


 ヒリヒリする人差し指の指先の、少しだけ手前に魔法代償を集中する。

 そこへ師匠の手が添えられる。

 俺は師匠の魔法代償へ自分の魔法代償を添わせて……師匠の使う『生命回復』を受け入れ……指先の痛みが消えた!


「カエルレウム師匠、ありがとうございます」


「忘れないうちに、今の『発火』と『生命回復』を交互に何度も思い出すのだ。魔法を覚える時は、異なる二種類の魔法を交互に繰り返した方がより覚えやすい。今いる場所から離れなければ見えてこないものもあるのだよ」


 カエルレウム師匠のお言葉はいちいち深みがある。

 思考が動くきっかけを作ってくれるようで、もう本当に尊敬しかない。


 そんな師匠は自分の指先を治療しているようだ。

 確か成長を止めているせいで怪我は普通には治らないようなことを言っていた。

 俺の覚え立ての『生命回復』とは違う種類の魔法なんだろう。

 もしかしたら複数の治療魔法を組み合わせた魔術かも。

 おっと……『発火』と『生命回復』の、受け入れたイメージを反復しなくては。


「そういえば、カエルレウム師匠。魔法を覚える三つ目の方法ってなんですか?」


「三つ目は書物などから学ぶ方法だ。ただしこれは前段階としてそれなりの知識が必要となる。『発火』を覚えたリテルならば、書物を読むだけでも『発火』と類似した魔法については書物から得られる知識だけで再現できる可能性が高くなる。だが『発火』を学ぶ前のリテルでは、いくら書物で読んでもわからないだろう。書物から学べるのは既知の魔法を発展させたモノだけだと思っていた方がよい」


「わかりました」


「いずれにせよ、どのように覚えても反復しなければ身にはつかない……殊に、始めのうちはな。ということであと二つ教えておく」


 魔法をいきなり四つか……嬉しい反面、それだけ覚えられるのかという不安もある。

 だけどカエルレウム師匠がそれをできると判断したのであれば、それにはちゃんと応えたい。

 俺は力強く頷いた。




 その後、カエルレウム師匠が教えてくれたのは『皮膚硬化』と『魔法転移』の二つ。


 『皮膚硬化』は、文字通り皮膚を硬くして、防具として用いる魔法。

 一ディエス分の効果範囲は四肢ならほぼ一本、効果時間は一ディヴ……一ディヴは一時間ホーラの十二分の一なので、元の世界で言う五分か。

 効果対象は獣種のみならず、獣種の祖先となる動物も含まれる。

 皮膚しか硬くならず、例えば爪や爪の内側はそのままなので注意。

 一ディエス分使用すると、一ディエス分の『発火』の火傷は防げるようではある。

 魔法代償を増やす毎に、効果時間と硬化強度のどちから一方を増やすことができる。

 ただ使ったあとは皮がポロポロと向けやすい。


 『魔法転移』は、他の魔法と組み合わせて使う。

 対象魔法の発生場所を動かすことができる魔法だけど、単体では使わないので、俺にとっての初魔術!

 動かせる距離は、一ディエス分で一アブス……一アブスは元の世界における三メートルくらいか。

 目視できる範囲にしか転移できないので、例えば物陰に隠れられたり、相手の服や肉体の内側に転移ってのはできない。

 魔法代償を増やす毎に、転移距離を増やすことができる。

 初級の魔術師にとって、離れた相手の表面に魔法を届けられるのは、この『魔法転移』か『魔法発射』の主に二つだそうだ。

 効果の似た魔法は同時に覚えると間違えて覚えやすいからと『魔法転移』だけを教えてもらった。


 『発火』と『生命回復』と合わせて四つを、頭の中ぐらんぐらんになりながらなんとか覚えようとする。

 魔法を使う直前までイメージするだけでも、それなりに習熟はするみたいだけど、やっぱり何回かに一回は実際に使わないと覚えられない。

 俺は寿命を何十日か消費して、なんとか四つの魔法を覚えることができた。


「リテル、どうだ? 魔法を使うことに馴染めたか?」


「はい……なんとか」


「では、そろそろこれを使っても良い頃だな」


 師匠のすっと差し出した手には、腕時計くらいの革のベルトが二つ。

 それぞれベルトの中央には何か固定されている……真っ黒な……小石?

 よく見ると小石の表面には、白っぽいラメのようなキラキラが散りばめられている。


「何ですか、これ」


魔石クリスタロというものだ。これは白みが強いから白魔石レウコンと呼ぶ」


 魔石クリスタロ

 単語だけなら、リテルも知っている。

 とても貴重な石で、魔法に関係あるって聞いことがある。

 ただ、持った感じでは単なる小石のような……うわ、なんか凄い……中から寿命の渦を感じる。


魔石クリスタロが珍重されるのは、中に魔法代償を封じることができるためだ。この石には既に五十ディエス程度の魔法代償が封じてある。魔術師の使い方としては、魔石クリスタロを直接肌に接するように持つこと。そうすれば、魔法代償を絞り込むとき、自分の寿命の渦からではなく、魔石クリスタロの中から魔法代償を消費することが可能となる」


 すげー!

 ファンタジー系のゲームだとだいたい魔物を倒すと取れるやつだよね。


「寿命の力を秘めた特別な石なんですね。魔物を倒すと取れたりするものですか?」


「いや、一部地域で採掘できるれっきとした鉱物だ。ドラゴンの居住地域に多くてな、そういう意味でも貴重ではある。ただ、採取された時点の魔石クリスタロの中身は空だ。人が封じるんだよ、魔法代償を」


 人が、封じる?

 んんん?


「魔法代償は、生命からしか得ることができない。だから大きな町では、犯罪に対する刑罰の一つとして魔法代償の徴収というのがある。ストウ村のような魔術師組合もない辺境の地では知らないのも当然だがな。大きな町ではな、ちょっとした小遣い稼ぎの手段として寿命を売りに来る者もいるくらいだ」


 犯罪者から寿命を徴収? 寿命を売る?

 大きな町、怖い怖い。


 リテルの記憶では、ストウ村には犯罪者が出たことなかったな。

 リテルのばーちゃんが、長いこと気候が安定していて飢饉が出ていないからみたいなこと言ってたっけ。


「重罪人は、寿命を徴収している最中で死ぬってこともあるんですか?」


「あるぞ。表向きは魔法代償徴収刑だが、実質的には死刑ということもな。ただ、魔法代償は貴重だから一ディエス吸い取るのに何年分もの寿命を消費させるなどという無益なことはしない。熟練の限られた魔術師が魔法代償を吸い出せる最小単位だからこそ、一ディエスという単位が設定されたのだ」


「魔法代償を他人から吸い取る魔法があるのですね?」


「ある。かなり非効率な魔術だがな。個人で使用した場合、相手の魔法代償を吸い出すのと同量の魔法代償を、魔術発動分以外に消費してしまう。それを防ぐために魔術師組合が総力をあげて作り上げたのが、招魂術だ」


「魂を招く術?」


 なんか異世界召喚っぽいキーワード。


「特別な準備をした部屋と、特別な魔法品、そして限られた魔術師複数により、魔法代償の吸い出しを可能とする術でな。詳細は私も知らぬのだ」


 詳細は不明か……だよね。

 気軽に他人から吸い出しできたら大変なことになるもんな。


 手のひらを見る。

 リテル、お前、魔法を覚えたんだぞ?

 利照おれが元の世界へ戻れたら、リテルは魔術特異症ではなくなるのかもしれないな。

 でも、例え魔術特異症でなくなったとしても、カエルレウム師匠はリテルを見捨てない気がする。


 ふと、元の世界に戻れたときのことを考える。

 あちらでも魔法を使えるのだろうか。

 よくあるマンガやゲームの設定ではマナとか魔力とかMPとかそういうのが必要だけど、この世界の魔法は寿命を使う。

 ということはこの感覚さえ覚えておけば戻れても魔法を使えるかもしれないよな?

 ……元の世界に戻りたいという気持ち、今はほとんどないけれど、選択肢があるのとないのとではやっぱり違う。

 丈侍も一緒にこの世界に来ていたなら、戻ることなんて欠片も考えなかったかもしれないな。

 そしたら今以上に楽しいだろうけど……丈侍は家族と仲がいいからなぁ。


「リテルは、誰かの寿命を奪うことに抵抗があるか?」


「あ、いえ、招魂術の仕組みを考えていました」


 元の世界のことを考えていたとはさすがに言いにくい。


「そうか。魔術師の中にも招魂術へ抵抗がある者が少なくなくてな。魔術師なら魔術師組合で免状を見せることで、実績に応じて魔法代償を無料で支給してもらえるのだが、それを拒んでいる魔術師も居るのだ」


「そうなんですか?」


「ああ。魔術師は強大な力を操るがゆえに、権利と義務とが与えられている。魔法代償支給も国や領主へ協力する見返りの一つなのだが、協力を被支配とみなして傭兵のように暮らしている魔術師も居るのだ。ちなみに、魔術師が魔術師組合へ申請さえすれば、魔術師の弟子も一定量の魔法代償支給を受けられる。魔石クリスタロは自前で用意する必要があるがな。ということで、その白魔石レウコンは君たちにあげよう。無くさないよう大事にするのだ」


「ありがとうございます!」


「ありがとうです!」


 魔術師の弟子……カエルレウム師匠の弟子……なんだか頬が緩む。

 俺たちが白魔石レウコンの革ベルトを腕に巻いていると、師匠の家の中からアルブムが飛び出してきた。


「カエルレウム様、近づいています!」


 兎耳がぴょこぴょこしてる。

 この子は顔も可愛いけれど、女子というより生物としてもう可愛い。

 切羽詰まった表情をしている今でさえ、なんというか癒やされる。

 そんなアルブムを見て、カエルレウム師匠も笑顔を……こっちに向けてる?


「ちょうどいい。リテル、マドハト、実戦だ」


 にわかに訪れた実戦機会。

 実戦ってアレだよな……本当に戦うんだよな。

 パイアに対していいようにやられたことを思い出してちょっと気が重い。


 俺の覚えている魔法は『発火』、『生命回復』、『皮膚硬化』、『魔法転移』の四つ。

 実戦で使えるとしたら、『発火』と『魔法転移』を組み合わせた魔術で、相手の居る場所に火を起こすくらい。

 それも一ディエスで一アブスだろ。

 そんな距離で魔法を使うくらいなら、慣れた手斧で斬りつけた方が……ああ、そうか。


「カエルレウム師匠、もう一つだけ教えてもらいたい魔法があるんです」


「希望を聞こう。一つなら教える時間はあるだろう」






● 主な登場者


利照トシテル/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。

 ただ、体も記憶もリテルなのに、自意識は利照のまま。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。猿種マンッ

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 でも不能のおかげで助かった。魔術特異症。


・マドハト

 赤ん坊のときにゴブリンの取り換え子の被害に遭った。犬種アヌビスッの先祖返り。

 今は本来の体を取り戻しているが、ゴブリンの魔法を覚えている。

 ゴブリンの時に瀕死状態だった自分を助けてくれたリテルに懐き、やたら舐めたがる。

 利照の元の世界で飼っていたコーギーのハッタに雰囲気が似ている。


・カエルレウム様

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種マンッ

 肉体の成長を止めているため見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服は鮮やかな青い青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔術の師匠。


・ルブルム

 魔女の使いの赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種マンッ

 魔術師として知識を深めることに余念がない。

 戦闘時の装備は革鎧と盾、小剣を二本。


・アルブム

 魔女の家に住む、兎種ハクトッの癒やし系少女。

 もしゃもしゃの白い髪はくせっ毛で、瞳は銀色。肌はカエルレウムと同じように白い。

 リテルよりも二、三歳くらい若い感じ。照れ屋さん?




● この世界の単位

・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集めるのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間ホーラの十二分の一となる時間の単位。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


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