少女の見解
「さて、少しふらつくとしよう。」
月影君と別れた後、私は近くにある商店街に足を運んでいた。もう少し話したかったのだけれども、秋の日はつるべ落としと言うように、日が沈むのが異常にはやいのが少し憎らしい。まぁ、あの教室から見れる夕日は綺麗だから、嫌いではないのだが・・・。
何はともあれ月曜日がとても楽しみだ。きっと、彼は私が言った言葉を、覚えていてくれて月曜日には自分の見解を聞かせてくれるのだろう。それを考えると、今から来週が楽しみでたまらない。
いっそのこと休みなんて無くなってしまえばいいのに。そう思うほどに。それくらい彼の答えは、私にとって魅力的で新鮮なのだ。あんな質問ほかの同輩にしようものなら、
「何言ってんの?そんなの考えて何になるの?」
と言われるだけだろう。と言うか以前にいわれたことがある。
十人十色、人の考え方はそれぞれと言うけど私からしてみればほとんどの同輩は今のおかれている現状について深く考えることなくそれについて指摘されても目をそらしているような気がしてしまう。
「あれ?もしかして結?」
悶々と考え込んで商店街を歩いていると、不意に後ろから名前を呼ばれた。誰なのかは分からなかったけれど、その声はどこか懐かしく思考を中断する。と言う選択肢を私に与えるには十分なものだった。振り返ると黒髪のショートカットの女子生徒が微笑を浮かべて立っていた。
「那珂(ながの) 憐(れん)さんか。久しぶりだね。何の用だい?」
「相変わらずドライなしゃべり方をするねー。用が無くちゃ話しかけちゃいけない?旧友を見つけたから声をかけただけだよ。それにいつも憐でいいって言ってたじゃない。」
眉をしかめて、少し怒ったように彼女は言う。しかしこの表情は、別に怒っているわけでもないらしい。中学のころに本人がそういっていたから間違えないだろう。その証拠に彼女はすぐに表情を笑顔へと変えた。
「ねぇ、せっかくだから晩御飯一緒に食べない?」
意外な誘いだった。彼女から食事に誘われることは中学校のころいくぶんかはあったが、まさか出会い頭に誘われるとは思いもしなかった。とは言え、家に帰っても父は単身赴任でいないし、母は仕事でまだ帰ってないし、大方晩御飯も作ってくれていない可能性の方がたかい。
ちょうどいい。彼女にも、月影君にした謎かけを彼女にもしてみよう。
「構わないよ。どこに行こうか?」
「そうだねー。久しぶりにあったわけだし、昔よく行ってたカフェでご飯でも食べようよ。」
「『香(か)久(さ)』だね。」
私はかつて彼女と一緒によく通っていた、店の名前を口にした。
「じゃあ、そうと決まれば出発出発ー。」
憐はそういうと、私の手を引っ張って、人込みの中へとはいって行った。
・・・・・
「コーヒーと、オムライス二つください。」
「ねぇ。普通って、どういう意味だと思う?」
注文を終えた彼女に、私はその質問をぶつけた。彼女は、その言葉を聞いて、答えを言うでもなく注文していていたコーヒーを、ウエイトレスからもらい、それを両手で包むように持った。
「難しいことを問い掛けて来るところは変わってないんだね。」
引き攣った笑みに似たようなものを浮かべた後、彼女は真剣な顔をしていった。
「中学校のころの私の普通は、結の話を聞いてその話の意味を考えたりすることだったかな。でも今は違う。今の私にとっての普通は、消化的に学校に行って帰る。これが今の普通。」
そこで、彼女は一度言葉を切り私をじっと見て、
「だから、今のこの状況は普通じゃないってことだよ。予定されていたことじゃないからね。」
「なるほど。つまり君にとっての普通は、予定されていることを消費することなのかい?」
重ねて質問する私に彼女は表情を変えずに言う。
「半分あってて半分違うかな?予定していたことを消費することが、普通の形であるのならそのほかのことは当てはまらないしね。でも私、思うんだ。人間ってどんな状況に置かれたとしても普通ってものを作るんじゃないのかな?」
「・・・それはどういうことだい?」
「人間さ、いつか死んじゃうじゃない?」
彼女はそんな当たり前のことを口にして言葉を繋げた。
「それなのに、私たちの周りには生活って言う名の普通がそこかしこに転がってる。つまり私たちとって、普通を形成する上で人間関係って一つのピース以外の何でもないってことだと思うんだよねー。最悪の場合人間って、世界に一人で生きていても普通ってものを作っちゃうんだろうしね。」
話し終わると彼女はコーヒーを口に入れた。ウエイトレスが、私たちの注文した、オムライスを運んで来る。私は、それを受け取る。ほんのりとケチャップの臭いと卵の臭いがしていておいしそうなそれは、昔来たときとはなにも変わっていないように思えた。
「つまり、まとめると君にとっての普通って何なんだい?いろいろと語ってはくれたけれど、結果を聞いてないんだが。」
「まぁ、簡単な話だよ。人の普通はその時によって移り変わるってこと。つまり私からすれば普通なんてものあってもなくてもさほど変わらないんだよ。それに左右されるのなんてあほらしすぎて付き合っていられないっていうのかな?普通よりも大切なものっていくらでもあるから気にしてるだけ時間の無駄だよ。」
なるほど、何となくすっぽりと胸のうちに収まる答えだった。
「相変わらず考えが独特だね。」
「褒め言葉として受け取って置くわね。」
彼女はそういって笑った。そうして私たちは、この会話に一度終止符をうち、目の前にあるおいしそうなオムライスに手を付けたのだった。
・・・・・
オムライスを食べた後、私たちは少し雑談をして店を出た。
「また会えるといいね。やっぱり結と話してると楽しいよ。」
先に言いたかったことを言われてしまい、言うことがなくなってしまい私は、若干の苦笑を浮かべた。彼女と話していて楽しかったのは私も一緒だったのだ。私は、自分の中にあるこの何かを感じる思いだけは、変わらないで欲しい。と切に心の中で祈った。
「それじゃあね。またいつか。」
彼女は私に軽く手を振り、軽い足取りで通りの一番近い曲がり角を曲がって、姿を消した。私はそれを見送った後静かに、帰路を辿りはじめた。彼女が言っていた、普通より大切なもの、それがとても気になっていたのだけれど、それを彼女に聞いてしまうのは無粋のような気がしたから聞かなかった。
ちなみに、彼女とは携帯の連絡先を交換しなかった。さっき、私の方から切り出したのだが彼女は、
「結とはまたどこかで会える気がするし、予定してない遭遇の方が私からすれば面白いからね。」
といって、交換してくれなかった。私も何だかそんな気がしたから、それ以上は何も言わなかった。何でそんな気がしたのかはわからなかったが、この予想なのか、勘なのかよくわからないものは外れるような気がしなかった。
まぁ、何はともあれ、私も私で自問自答の解が出ていた。私にとっての普通。それの答えが。そして同時にそれを早く月影君にも言いたいという衝動に駆られていたのだった。
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