第34話 バッテリーは異能打線をしとめる
「一番、ライト、
硬めのマウンドで崖渕とピッチング練習を終えた俺の前に現れたのは、上半身が異様に発達した腕の長い男――生徒かどうかは不明だが俺より年上だろう――だった。
「さて、初球はどうするかな」
俺は崖渕と短いコミュニケーションで決めたサインに、目を凝らした。要求はストレートだ。つまり最も自信のある球を投げろということだろう。俺は大きく振りかぶると、金棒のようなバットを構えた打者に第一球を投じた。
「ボール!」
俺が左腕で投じたストレートは、ストライクゾーンをわずかに外れた場所でミットに収まった。腕を伸ばす仕草から見てかなり外でも捉えることができそうだが、俺は二球目も構わず外寄りに投げた。
「ボール!」
低めを二つ外しツーボールになったところで、崖渕が俺に変化球を要求し始めた。
――スライダーか。得意な球種じゃないがこの際、何でもやってやる。
俺は足を上げると、縦に曲がる変化球を投じた。鬼目羅のバットがわずかに落ちる球を掠めた瞬間、俺は空振りを確信した。だが次の瞬間、バットの一部が大物を呑んだ蛇のように膨れて落ちる球をミートした。
「――なにっ?」
わずかに芯を外れた打球は「ぱん」と乾いた音を立ててセカンドのグラブに収まり、俺は済んでのところで安打を免れた。
「……助かったぜ、銀角」
俺はかつての敵に礼を述べると、ほっと息をついて肩をほぐした。
「二番、ショート、
一番手に続いて右のバッターボックスに現れたのは顔色の悪い、ひょろりと背の高い男子だった。
俺の直感ではストレートでも仕留められそうだったが、崖渕からのサインは「ストレートを見せた後、変化球で仕留めろ」だった。俺が咄嗟に思い浮かべた球種はフォークとチェンジアップ、スローカーブだった。
「……とにかくストレートを投げてみて、それからだな」
俺は雑念を振り払うと、二番打者に向けて左腕を大きく振った。
「――ストライク!」
ど真ん中にもかかわらずぴくりとも反応しない地野池に、俺は不気味な物を感じた。
――こいつ、さては変化球狙いだな。
俺は球種選びに悩み始めた。タイミングを合わせられたらひとたまりもない。何しろ外野に飛んだら即、終了なのだ。
俺は運を天に任せ、ストレートの構えでチェンジアップを投じた。次の瞬間、がつっという音がして球が真上に飛ぶのが見えた。しめた、フライだ。
ファーストの金角がファウルゾーンに飛びだしグラブを高く掲げた瞬間、俺は思わず「あっ」と叫んでいた。落下途中の球が急に角度を変え、捕球を拒むかのように金角のグラブから逃げたのだった。
「……くそっ」
金角は即座に球を拾うと、ベースカバーに入った俺に送球した。
「――アウトッ!」
金角の球は打者走者が一塁を踏む寸前にグラブに収まり、俺たちはどうにかツーアウトを取ることに成功した。
――畜生、あれをやられたら絶対に捕球できない。こうなると外野フライもNGってことか。
俺はマウンドに戻ると、もはや最後のアウトは三振か内野ゴロ以外、選択の余地がないという事実に思わず天を仰いだ。
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