第33話 闇のチームは刑事をスカウトする
「……ここは?」
俺が目を覚ましたのは、上昇中のエレベーターの中だった。
「気がついたかい刑事さん。プレイボールに間に合って何よりだ」
「プレイボール?」
俺が壁に凭れたまま首を傾げると、白いスーツに着替えた男子スタッフが「そうだ」と口元を吊り上げた。
「このエレベーターは旧東棟の屋上にある、『闇のスタジアム』へと向かっている。お前とのゲームを始めるためにな」
「ゲームだって?俺と?」
俺が驚いて腰を上げかけた瞬間、エレベーターの箱ががくんと言う衝撃と共に停止した。
「着いたぞ。キャッチャーと野手はこちらで用意しておいたから、ベンチに入ったらせいぜい挨拶するんだな」
「ベンチだって?まさか本当に野球をする気か?」
「本気だ。ただし一イニング限り、『ビッグタランチュラ』チームをお前が押さえれば勝ちだ」
「攻撃はさせてもらえないのか。やれやれだ」
「その代わり、勝てはボスに会わせてもらえる。チームの名前と同じ『ビッグタランチュラ』にな」
「まさか、綿貫栄治か?」
俺が問いをぶつけると、男子スタッフは「そうだ」と返し「さあ、それ以上の質問は試合が終わってからだ、エース君」と言った。
箱を出た場所は小さなエレベーターホールで、男子スタッフは「右の通路を抜けた先がスタジアムだ』と言い置いて左側のドアの向こうに姿を消した。言われた通りに通路を抜けた俺は、いきなり目の前に現れた風景に目を瞠った。
「おっ、エースのご登場だ」
小さいがちゃんと作られたベンチの中から俺を迎えたのは、見覚えのある顔だった。
「金角……」
俺が絶句すると、いかついシルエットがもう一つ現れて「俺もいるぜ」と言った。
「銀角も……『極龍組』に雇われたんじゃなかったのか」
「『ビッグタランチュラ』と『極龍組』は繋がりがあってね。招集されたのさ」
「この二人が俺と同じチーム……」
俺はかつて壱係に難癖をつけてきた元先輩を前に、困惑を隠せずにいた。
「チーム名は『ダークサイダース』。俺がファーストで銀がセカンドだ」
「……キャッチャーは?ロボットか?」
「俺だよ、寒風寺零」
ベンチの奥から現れたのはやはり以前、対決したことのある二年生、崖渕だった。
「崖渕……」
「他の連中もいるぜ。サードは蛭田、ショートは夜叉瓦だ」
「……外野は?」
「いない。この勝負は外野に飛んだら即、負けだ」
「畜生、とことん不利なルールだな」
「だが勝てば色々とおいしい条件が提示されている。特にお前さんは『ビッグタランチュラ』と直接会えるんだから、ここは抑える以外ないぜ」
「この球場はいったい、なんなんだ」
立て続けにもたらされる不可解な状況にうんざりした俺は、思わず問いを放った。
「『ビッグタランチュラ』が理事会に手を回して校舎の屋上に造らせた『闇のスタジアム』さ。今じゃ重要な商談を投げ合いや打ち合いで決めることも珍しくないそうだ」
俺は唖然とした。白銀旭なら、スポーツがらみの施設を新たにねじ込むことも可能だろう。だが綿貫栄治がスタジアムを造らせるほどのスポーツ好きというのは、初耳だった。
「俺たちが負けるとどうなる?」
「監禁されて知っていることを洗いざらい吐かされるだろうな。覚えのない負債を背負わされて卒業まで闇社会で働かされる可能性もある。……だからそうならないよう頑張ってくれ。道具とユニフォームは用意してある」
崖渕はそう言うと、俺の前に道具一式を放りだした。
「そいつを身に着けたらブルペンに来い。投球練習はいくらしてもいいそうだ」
崖渕たちがベンチから姿を消すと、俺は道具を手に無人のスタジアムを見つめた。
――やれやれ、刑事とならず者の混成チームか。まさかこんな形で球場に舞い戻ってくるとはな。
俺は『ダークサイダース』とプリントされたユニフォームに袖を通すと、まだ手になじんでいないグラブを拳で叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます