第27話 刑事は御曹司の身辺を探る


 第四生協は北部校舎二階の一角にある、学園最大の巨大購買部だ。


 文具や雑貨は元より書店、食料、家電、靴店、ブティックに美容理髪、アナログレコード店、エステサロンまである総合購買エリアだ。


 俺とリードがサービスカウンターの学生職員に「すみません」と言って手帳を見せると職員は「刑事さん?」と目を丸くした。


「こちらで炎さんという兄弟が働いていると思うんですが、どちらにいらっしゃるかご存じですか」


「……はい、健は家電コーナー、乱馬は靴店におります」


「ありがとうございます。行ってみます」


 俺たちはまず炎健に会いに行くことにした。案内図を頼りに家電コーナーに赴くと、冷蔵庫が並んでいる一角の前でリードが足を止めた。


「……あの長身の男子だ」


 リードが目で示した方を見ると、なるほどスポーツマンっぽい体系の精悍な男子生徒が、エプロンをつけて女子生徒に冷蔵庫の説明をしている様子が伺えた。


 俺たちは接客が一段落するのを待って男子店員に近づくと、「すみません、ちょっといいですか」?と尋ねた。


「はい、なんでしょう?」


 俺たちを客と思ったのだろう、短い髪を炎のように逆立てた店員は如才ない笑みを浮かべた。


「実は我々、こういう物なんですが……炎健さんですね?」


 リードが手帳を見せると男子店員は一瞬、怪訝そうに眉をひそめた後「はい」と答えた。


「刑事さんがいったい、何のようです?」


 俺たちが刑事と知った途端、炎健は警戒を露わにした。それはそうだろう。

「ちょっと古い話を伺いたくて……炎さんは以前、白銀旭とチームメイトでしたよね?」


 リードが核心に触れると健はぎょっとしたように目を瞠り「旭……いえ、白銀さんと一緒に野球をしていたのはもう二年以上前の事で、特に親しかったわけでは……」と言った。


 急に歯切れが悪くなった健を見て俺は無理もない、と思った。白銀旭の父親は学園のメディア王にして学内スポーツを牛耳る一大スポンサーだ。チームメイトといってもその息子は言わば「御曹司」であり、やすやすと親交を深められる間柄ではなかったに違いない。


「つまり練習や試合以外の場では、付き合いがなかったと?」


「それは……たまに食事したりはありましたけど、旭がみんなを連れて行くって感じで親しかったというのとは違う感じでした」


「なるほど。では彼の外での振る舞いとか交友関係で何か気づいたことはりませんか?」


「交友関係?」


「チーム外の友人とかガールフレンドとか、噂を耳にすることはありませんでしたか?」


「……あいつはそもそも、俺たちとは住む世界が違いますからね。知りようもないし、知ったとしても軽々しく他人には漏らせませんよ」


「じゃあ、チームで野球をしている彼しか記憶にないと?」


「……あ、でもチームの中でちょっと気になることはあったかな」


「チームの中で?」


「旭はセンターだったんですけどキャッチャーの奴と一度だけ、言い合いをしているのを見たことがあります」


「言い合い?」


「うちのチームはがつがつしてなくて勝っても負けても和気あいあいとしてたんですが、ある時、バックホームが間に合わなくてその時、キャッチャーが「ファイヤーボールが来るって話はどうなってんだ」って旭に食ってかかったんです」


「ファイヤーボールだって?」


「俺たちのチーム『プラチナファイター』は旭の親父さんがスポンサーで、用具なんかは超一流の高級品が使えたので特注のボールかなと思ったんですが……」


「そのキャッチャーはどんな選手だったのかな」


「送球が早くて、打たせて取るタイプのピッチャーからは受けが良かったです。ただあまり他のチームメイトと付き合いがあるタイプじゃなかったですね」


「でも白銀旭とは親しかった?」


「それは……」


 突然、健がなにかに気づいたように目を見開き、そのまま口をつぐんだ。


「どうかしましたか?」


「……いえ、すみません。仕事があるので、この辺でいいですか?」


「あ、はい。どうもお時間をとらせてすみませんでした」


 唐突に話を打ち切った健に釈然としない思いを抱きつつ、俺たちは家電コーナーを後にした。


「なにかありそうですね」


 俺が囁くと、リードが「炎は誰かに監視されているようだ」と左右に目線を遣りながら言った。


「まさか……白銀旭の部下?」


「わからない。……とりあえず靴店で働いている乱馬の方にも話を聞いてみよう」


 リードはため息交じりに言うと、俺の背中をどやした。

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