第26話 地下の女王は危険な噂を集める


「……少し回り道をしよう」


 リードが俺に小声でそう告げ、歩調を緩めたのは店を出て間もない頃だった。


「回り道?」


「……僕たちを尾行してる奴がいる。二人だ」


 俺はえっという声を呑みこむと、無言で小さく頷いた。


 ――誰だ?ソサエティか?それとも……


 俺とリードはできるだけ頭を動かさぬよう、一定の歩調を保って歩いた。

 しばらく路地伝いに移動した後、丁字路の手前でふいにリードが「二手に分かれて撒こう。集合は五分後、廃棄物収集所前」と囁いた。


「了解」


「それじゃ、後ほど――散開!」


 俺とリードはいちにのさんで左右に分かれると、それぞれの方角に駆け始めた。


 しばらく右へ左へとジグザグに移動した俺は、まっすぐな通路で前方に現れた黒づくめの人物を見て思わず足を止めた。振り返ると、後ろの角からも黒づくめの人物が姿を見せており、俺は自分が窮地に陥ったことを知った。


 ――さては援軍を呼んだな?ここで挟み撃ちにする気か!


 前方の人物が威嚇のつもりかこん棒のような武器を取り出したのを見て、俺はポケットの『魔球』に手をばした。人物はそのまま武器を手に挑むような仕草を見せ、俺は『魔球』を取り出し片足を一歩前に踏みだした。


「……警告だ。これ以上、首を突っ込むな」


 前方の人物は顔の間で武器をくるりと回すと、こん棒の先を俺の方に向けた。


 ――こいつ、野球経験者だな。


 俺は大きく振り被り、足を上げると一呼吸おいて思いきり腕を振った。速いスウィングで『魔球』がミートされ俺が頭を低くした瞬間、「ぎゃっ」という声がして閃光が路地全体を包みこんだ。


「どんなタイミングで振っても必ずライナーになる魔球だ。二段モーションは許してくれ」


 俺は目を細く開けたまま言うと、背後を振り返った。俺の後方には顔に粘着物質を張り付けたままひっくり返っている黒づくめの人物がいた。


「俺の『セカンドライナー球』は前方の打者がミートすると閃光を放って視力を奪い、そのまま後方の敵を直撃する。二度衝撃を受けた球は粘着物質に代わり、セカンドはライナー球を顔面に食らってエラー、というわけだ」


 俺は『魔球』の説明を終えると、目が眩んで呻いている敵の横をすり抜けるようにして路地の外に出た。


                 ※


「どうやら無事だったようだね、零君」


 敵を撒いたらしいリードが俺の前に現れたのは、収集所と思しき開けた場所に着いた直後だった。


「ええ、援軍が来て挟み撃ちに遭いましたが、どうにか逃げ切りました」


 俺たちが互いに安堵の表情を見あわせた、その時だった。


「……誰かきたようだね。しかも一人じゃない」


 リードがそう呟いた直後、暗がりから染み出すようにマントを羽織った複数の人影が俺たちを包囲するように現れた。


「#$&¥@XX?」


 キャッチャーマスクにキャニスターを取り付けたような面をつけた三つの人影は一定の距離まで来ると動きを止め、こちらを窺うように奇妙な言葉を発した。


「ええと、僕らは怪しい者ではありません。捜査壱係の刑事です。あなたがたの仕事場を荒らすつもりもありません。『丸塚スポーツ』の親父さんに「違法廃棄物の事は『掃除当番』の人たちが詳しい」と聞いて来ました」


 リードが標準語で理解を求めると、理解できなかったのか左右の二人が威嚇するように一歩前に進み出た。俺が思わずポケットに手を伸ばすと、リードが「待て」というように手で俺を制した。


「☓%&#@¥」


 右側の人物が低い声で何かを呟いた瞬間、「△△+*◇○」と別の声がして俺たちに詰め寄っていた二人の動きが止まった。


「刑事……」


 突然、俺たちと同じ言葉が聞こえてきたかと思うと、真ん中にいた人物が二人の間を割って進み出て来るのが見えた。


「……あなたは?」


 リードが尋ねると、リーダー格らしき小柄な人物はおもむろにマスクを外してみせた。


「……あっ」


 マスクの下から現れた顔は、整った顔立ちの女子生徒だった。


「捜査壱係……咲のところね」


 挑むようなまなざしの女子生徒はそう言うと、肩に落ちた栗色の髪を払った。


                ※


「私は風鴎椎夢ふおうしいむ。特別労務教室三年よ。咲とは小学校からの付き合いで、まあ一種の幼馴染ね」


 清掃に使われる道具や機械が所狭しと置かれた格納庫のような部屋で、『掃除当番』のリーダーである少女は切りだした。


「……失礼ですが、最初から『掃除当番』に?」


「途中からよ。ちょっと事情があって自分から希望したの。でも当番長には管理職手当がつくし、学費が賄えるだけじゃなく進学のための貯金もできたから正解だったわ」


「なるほど、進学を控えてらっしゃるんですね。……ところであなた方の扱う廃棄物の中に『イモ―タル・ソサエティ』から流出した危険物があったりしたことは?」


 リードがいきなり核心に切り込むと、椎夢は意外にも「あるわ。そんなのしょっちゅうよ」と噂が事実であることをあっさりと認めた。


「いいんですか?外部の人間――刑事なんかにそんなことを打ち明けたりして」


「構わないわ。別に口止めされてるわけじゃないもの。……あなたたちが言ってるのは要するに『メタモルロッド』のことでしょ?」


「ええ、、まあ……」


「異常電流発生装置の出所はわかってるわ。電気生理学研究室ってところよ」


「そんなことまで……」


 俺たちが絶句すると、椎夢は「……そうそう、『イモ―タル・ソサエティ』で結構、大変な目に遭ったみたいね、寒風寺零さん」といきなり俺の名を口にした。


 俺は思わずえっと叫んでいた。まさか刑事の名前まで把握しているとは。いったい、何者なんだ?この先輩女子生徒は。


「私たち『掃除当番』の情報収集力を甘く見ない方がいいわ。私たちが職務上、回収するのはゴミだけじゃないの。ゴミの中に埋もれている校内の情報もあらかた回収してると思って間違いないわ」


「なるほど。……では『ファイヤーボール』という単語に聞き覚えはありませんか?」


 リードが水を向けると椎夢は「来たか」という表情で頷き、「あるわ」と言った。


「……でもそれ以上のことは言えない。今、この学校ではいくつかの勢力が互いにけん制し合っていて、私としては全面的な衝突が起こらないうちに卒業したい。もしリークした情報が元で私が留年する羽目になったら、壱係は責任を取ってくれるのかしら?」


「それは……」


 当惑した俺とリードが顔を見あわせると、椎夢はうふふと笑って「でも大した物ね、壱係をちょっと見直したわ」と言った。


「見直した?」


「咲が『ファイヤーボール』の件から手を引くと言わないってことはつまり、留年する覚悟があるって事よ。それだけでも捜査に賭ける本気度がわかるわ」


「姫が……」


「一つだけ、いいことを教えてあげる。……警告と言った方がいいかしら。これから気をつけるべきは王賀将生じゃなく白銀旭よ。白銀旭の背後には私も知らない何者かがいるはず」


「……白銀旭の父親ではなくて?」


「それはわからない。……でも、もしかしたら知らない方が幸せかもしれないわね」


「うちのボスがその『黒幕』の正体を突き止めろと命じて来たら?」


 リードが身を乗り出すと椎夢は一瞬、困惑したように眉を寄せ「私だったら覚悟はできてますか?」って聞くでしょうね」と言った。


「わかりました。今の警告、壱係全体で共有させてもらいます」


「正直、咲が羨ましいわ。学園の正義って建前で活動できるのは在学中だけ。ここを出たらもう勝手な正義を振りかざすことはできないってことをあの子、わかってるんだわ」


「……かもしれませんね」


 俺たちが頷くと、椎夢は話は済んだとばかりに再びマントを羽織り、マスクをつけた。


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