第24話 刑事は再び闇の匂いに近づく


「お疲れ様、二人とも大仕事だったわね」


 壱係に戻った俺とマッドを、咲はいつもより優しい口調で労った。


「まさか聞き込み先で立ち回りをする羽目になるとは思いませんでした」


「でも王賀将生と直接会えたって言うのは大きいわ。次の指示があるまでゆっくり休んで頂戴」


 久しぶりの壱係にいたのは咲とリードの二人だけで、どうやらレッドとヤサはまだ戻ってきていないようだった。


「収穫ならありますよ。『ソサエティ』を訪れて王賀と会ったって言う女の子の正体がわかりました」


 突然マッドがそう切りだし、咲と俺は同時にえっと声を上げた。


「誰なの?これまでの捜査線上に上がった人?」


「上がったと言えば上がってるかな……井石ですよ」


「……被害者が?」


「そう。……たぶん『メタモルロッド』を使って美少女に変身し、『ファイヤーボール』の秘密を王賀から聞きだそうとしたんだと思う」


「しかしあの男がそう簡単に騙されるかな……」


「騙されちゃいないだろうね。……だって『メタモルロッド』はソサエティが作って密かに流してた『闇のヒット商品』なんだ。使った人間がどんなふうに変わるかくらい当然、見ただけでわかるはずさ」


「じゃあわざと気づかないふりをして、美少女の姿の井石を招き入れたって事?」


「そういうことになるね。異常電流の話を聞きたがる美少女、なんて怪しいに決まってる」


 マッドが滔々と説明すると、先が「井石の狙いは『ファイヤーボール』だとわかるけど、ソサエティの狙いは?」と冷静な口調で質した。


「ファイヤーボールの情報を小出しにすると見せかけて、逆に井石に何らかの暗示をかけるのさ。王賀は美少女になった井石に気を許したふりをして、何かのミッションを与えたんだ」


「しかしそれがどこかで気づかれた。……そういうことかしら?」


「たぶんね。井石の口を封じたのがソサエティなのか、それとも敵対する人間なのかはまだわからないけど……」


「綿貫栄治か白銀旭か、どちらかが『ファイヤーボール』を欲しいと知亜を通じて井石に依頼したとして、ソサエティが彼らの企みを知ったらもはや井石は単なる危険物にすぎなくなる。知亜に見放されそうになった井石はどうするか……」


「もう一度、ソサエティに潜入しようとするか、綿貫を通じて闇の世界に身を隠すかのどちらかだろうね。……でも、ソサエティは井石を消していないと思う。なぜなら井石は放っておけば『メタモルロッド』の後遺症でまちがいなく使い物にならなくなる。わざわざ消す必要がないんだ」


「じゃあ井石を消したのは、彼に『ファイヤーボール』を探しだせと命じた人間……」


「知亜か!」


「当然、背後には誰かがいるだろうけどね」


「うーん、どうしたらいいかな、綿貫の件はレッドとヤサが捜査中だし、いきなり白銀旭に会うなんてことは無理だろうし……そう言えばリード、白銀旭のクラスメートに話を聞きに行くって言う件はどうなったの?」


「炎健と炎乱馬ですね?それが第四学生生協で働いているはずなんですが、先週から休みを取っていて復帰するのが明後日だと言うんです。お蔭で捜査が滞ってしまいました」


「それならいい仕事があるよリード。『メタモルロッド』を井石に闇ルートで流したかもしれない人物に心当たりがあるんだ」


 マッドがいきなり驚くような情報を口にし、俺たちは揃って身を瞠った。


「誰なの?」


「フィジカルエリアのダウンタウンにある『丸塚スポーツ』の店主、丸塚升三まるづかしょうぞうさ。噂では運動部に特注のスポーツ用具を売る傍ら、ソサエティから出た廃物を使って違法な道具をこしらえてるって話だ。井石がそこから『メタモルロッド』を購入してもおかしくはない」


「なるほど、購買部を訪ねる前に、そのスポーツ用具店に聞き込みに行けばちょうど暇が潰れるってわけね」


 咲が感心したように言うと、リードが「暇は潰れるはひどいな」と苦笑した。


「あの……そのスポーツ店の聞きこみ、俺も一緒に行かせてもらっていいですか?」


 俺がおずおずと申し出ると、咲が「それは構わないけど……別に休んでいてもいいのよ」と宥めるように言った。


「その店、昔は校舎の外にあったんです。俺がまだ野球をやっていた頃、よく行っていました」


「……そうなの。顔見知りってわけね。いいわ、じゃあスポーツ店の方はリードとゼロでお願い。マッドは全員の聞き込みが一段落するまで休暇扱いってことにします」


「まあ、僕は僕でやることがあるけどね。……お二人さん、ダウンタウンは夜の世界程じゃないが治安の悪い区域だ。十分、警戒した方がいいよ」


 マッドの警告に、俺とリードは思わず顔を見あわせた。


「サンキューマッド、でもさ、刑事が治安のいい所ばかり捜査してたら仕事にならないぜ」


 リードがおどけた口調で言うと、殺風景な壱係の部屋に小さな笑いが起こった。

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