第23話 鉄壁の守備は刑事の進塁を阻む


 建物内に戻った俺たちを待ち構えていたのは、白衣を着た五人ほどの生徒だった。


「悪いけど署に戻らなくちゃいけないんだ。そこを通してくれないか」


 俺が威嚇すると、真ん中に立っていた女子生徒が「飯野先生からあなた方の身柄を確保せよとの指示を受けています」と言った。


「参ったな。……そうなると先生を校則執行妨害で逮捕しなくちゃならなくなるぜ」


 俺が警告交じりの冗談を口にすると、両端にいた男子二人が動く気配があった。体術の心得を想像させる動きに、俺は思わずポケットの中のボールに手を伸ばした。


 ――だめだ、近すぎる!


 俺はボールを使うことを諦めると、マッドに「下がっててください」と言って敵との間合いを測った。


 二人がスプレー缶のような物を手にしていることに気づいた俺は、マッドに「鼻と口を塞いで!」と叫ぶと、粘着性のロージンを二人の足元に放った。


「――うっ」


 二人がスプレー缶を手にしたままつんのめると、俺は素早く飛びだしてボールを握ったままの拳を二人の鳩尾に叩きこんだ。二つの身体が声もなく崩れると、俺はスプレー缶を拾いあげて「九回二死ツーストライクだが、まだやるかい?」と残った生徒たちに尋ねた。


「……僕らがなんとかします」


 リーダーらしき女子生徒の両側にいた二人が覚悟を決めたように言うと、リーダーをかばうように前に進み出た。俺が拾った二個のスプレー缶を立て続けに放ると、缶は敵の脛と手首にそれぞれ命中した。


「――痛っ!」


 二人が悲鳴を上げて飛び退ると、真ん中のリーダーが「あ、あ」と怯えたような表情で後ずさるのが見えた。俺は敵が統制を失ったことを確信すると、後方のマッドに「――今だ!……突き当りの曲がり角まで走ります」と言い放った。


 俺たちは生徒たちの脇をすり抜けるように廊下を突っ切ると、角を曲がりひたすらロビーへ戻る道を辿っていった。


「……そろそろ『電気生理学研究室』のあったあたりかな」


 見覚えのある扉を目にした俺が何気なくつぶやいた、その時だった。突然、突き当りの角からマスクを被った二メートル近い人影が姿を現した。


「……なんだっ?」


 人影は白衣の上に巨大なプロテクターをつけ、アンパイアか何かのように仁王立ちになって俺たちの行く手を阻んだ。


「何者か知らんが、通せんぼしようって気なら力づくでもどいてもらうぜ」


 俺はポケットから『魔球』を取り出すと左手で握ってみせた。


「…………」


 俺がワインドアップの構えを見せると、謎の巨漢はなぜかミットをはめた手を前につき出し大きく腰を落とす構えを見せた。


「面白い、捕球してくれるってわけか。……そんじゃ、遠慮なく行くぜ!」


 俺はそのまま振りかぶると、腕をしならせてストレートを投げ込んだ。球がミットに吸い込まれた瞬間、落雷のような音と共にミットが光り俺の顔面を熱い塊が掠めた。


 ――跳ね返した?


 自分の投げた球をそのまま返されるという予想外の反撃に俺は一瞬、追撃をためらった。


 ――何だかわからないが要するにあのミットには球を弾き返す機能があるようだ。……畜生、どうしたらいいんだ。


 岩のように立ちはだかる敵を攻めあぐね、俺が地団太を踏みかけたその時だった。ふと脳裏に先ほど朱堂が投げたストレートの残像が甦った。


「……試してみるか」


 俺は再度振りかぶると、腕を鞭のようにしならせて二球目を投じた。


「――むっ?」


 敵が低く構えた瞬間、俺の球は急角度で落ちて床でバウンドした。球はそのまま敵の股座を抜けて後ろの壁に当たり閃光を放った。


「……ううっ!」


 俺はその場で床を蹴ると、前屈みの姿勢で呻いている敵に向かってダッシュした。


「試合中にこんなことをしたら一発退場だけど……すまないっ」


 俺は目を開けられずにいる巨漢の手首を掴むと、義手の充電ハッチに突っ込んだ。


「――ぐあああっ!」


 感電した巨漢は大きくのけぞると、その場に膝をついた。するとミットをした手が腕ごと外れ、それが合図だったかのように身体のあちこちがばらばらと崩壊し始めた。


「パワーアシストスーツ……人口のアスリートを「着て」いたのか!」


 剥がれ落ちたアーマーの下から現れた人物を見て、俺はあっと声を上げた。いましがた死闘を繰り広げた相手よりひと回り小さなその人物は、俺たちをスタジアムで罠に陥れた男――飯野だった。


「くう……まさか我々の試作スーツが壱係ごときにここまであっさり破壊されるとは……」


 飯野は身体のあちこちから煙を上げつつ、恨めしそうな目で俺たちを見た。


「壱係をなめちゃいけないな。校内に悪がある限り、僕たち壱係はどんなことをしてでも摘発する。あんたが科学のエキスパートであるように、僕たちも捜査のプロなんだ」


 マッドが自分を指して力強く言うと、飯野は「後悔……するぞ」と言って廊下の床に倒れ込んだ。


「マッド、どうする?医務室に電話するか?」


「なに、ここは技術の最先端エリアだ。誰かが見つけて回収してくれるさ」


 俺とマッドが治安を守る刑事とも思えない無責任な会話を交わし始めた、その時だった。


「随分と暴れてくれましたね、刑事さんたち」


 突然、声が響いたかと思うと天井が開いてディスプレイがするすると目の前に現れた。


「あんたは……」


 画面上に映し出された少年とも青年ともつかない男性を見て、マッドが乾いた呟きを漏らした。


「はじめまして、壱係の皆さん。私は『イモ―タル・ソサエティ』の幹部、王賀将生」


「なんだって?」


 俺はいきなり現れた年齢不詳の人物に、思わず目を瞠った。この男が『死霊の導師デッドロード』か。


「あなた方が聞き込みにやって来たと聞いて、我々の内部事情にどのくらい深く食い込んで来るのか、とても興味がありました。ですが……」


 そこまで言うと王賀はすうと息を吸いこみ、口元を愉快そうに曲げた。


「今のところ、こちらが活動する上で脅威となるような存在ではないとわかりました」


 王賀は安堵したような口調で言うと、目を細めくっくっと笑った。


「……随分と舐められたもんですね。あんまり高をくくっていると、足元を掬われますよ」


 あの呑気なマッドが負けじと言い返すのを見て俺は内心、大丈夫かとはらはらし始めた。


「まあ、せいぜい気をつけますよ、刑事さん。……さて、これ以上、もめ事を起こさぬよう生徒たちには私から言い聞かせておきます。どうぞ安心して元のエリアにお帰り下さい」


 余裕の笑みを浮かべる王賀の姿がディスプレイから消えると、マッドは小首をかしげて「本当かな?」という表情を作った。


「土産話は十分すぎるほど手に入ったことだし、とりあえず帰りましょうマッドさん」


 俺が取り出しかけたボールをポケットに戻すと、マッドは「それしかないみたいだね」と言って残念そうに両肩をすくめた。


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