第8話 ベンチの裏には隠れ家がある

「あいにくだけどこの子は見たことがないな」


 美少女マニアで有名な、第四美術部の部長は眼鏡を押し上げながら言った。


「これだけ可愛い子だったら、僕のライブラリにデータがないはずはないからね。きっともう在籍してないか、整形でもしてるんじゃないか」


「本当かい。見落としってことはないのかい」


 リードが畳みかけると、部長は「まあもう一つの可能性としては、君たちの同類っていうケースも考えられるかな」と答えた。


「同類?そいつはどういうことだい?」


「つまり何らかの諜報活動に従事していて、この顔は活動中の仮の顔ってことさ。あるいは逆に日常の方を装っていて、巧妙なメイクで美少女を隠しているのかもしれない」


「ふうん。我々のほかにそう言った活動を担っているクラスがあったかな」


「そこまではわからないよ。いくら美少女でも、諜報部員までは追いかけないからね」


俺たちは美術部の部室を後にすると、旧校舎二階の奥にある渡り廊下に足を踏みいれた。


「この先に、俺たちが行きつけにしてる店――女子生徒が経営するカフェがあるんだ」


「あらリード、久しぶり。今日は聞きこみ?」


 俺たちがドアを開けると、小さなカウンターの向こうからエキゾチックな顔立ちの少女が笑顔を見せた。


「ああ、例によって闇の深そうな事件が起きてね。AIガンと謎の美少女がらみの殺人だ」


「ふうん、面白そうじゃない。……時に隣の凛々しい男子生徒はどなた?」


「うちの新人だよ。今日から配属になった寒風寺君だ」


「このたび、壱係に配属された寒風寺零です。どうぞよろしく」


 俺が頭を下げると、店主らしき美少女は「よろしく。鷺沢千晶さぎさわちあきよ。壱係の咲とは壱年の時からの親友なの。贔屓にしてくれれば、それなりの情報は提供するわよ」


 千晶はそう言ってウィンクすると、俺とリードを店の奥へと誘った。コーヒーが運ばれてくると、リードは「早速で悪いんだけど」と言って例の鉛筆画を千晶に見せた。


「こういう子、みたことないかな。マニア先生にも聞いてみたんだけど、知らないそうだ」


 リードに鉛筆画を手渡された千晶は、しばし無言で絵に見入った。マニア先生というのはどうやら先ほどの部長らしい。やがて千晶はため息をつくと「ごめんなさい、私が知っている子の中にはいないわ」と答えた。


「そうか、やっぱりね。まあ、最初からうまく行くとは思ってなかったよ。ありがとう」


 リードは礼を述べると、コーヒーを啜った。おずおずとカップに口をつけた俺は、独自の奇妙な香りにむせ返った。


「うわっ、何だいこのコーヒー。こんなの初めて飲んだよ」


 俺が咳き込みながら味の感想を口にすると、千晶が笑いながら「やっぱり?……これねえ、生物部から遺伝子改良コーヒー豆を貰っちゃって、試しに淹れてみたの」と言った。


「リード、一体どういう店なんだいここは」


 俺が尋ねるとリードは笑いを噛み殺しながら「こう言う店だよ。一見さんにはとっつきが悪いけど、僕たち壱係の刑事にとってはどこよりも落ち着く隠れ家の一つさ」と答えた。

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