第6話 プレイボールは死球式の後で

 

 俺たち三人が現場である第三体育館に到着すると、すでに形式的な検分が始まっていた。


「よう、遅れてすまない」


 レッドが声をかけると、キャップを被った少年が振り向き「お疲れ」と言った。


「ごろつきどもに通せんぼされたと聞いたけど?」


「まあな。新人が怪我しないよう、いつもより慎重に戦ったかもしれねえな」


「新人?」


 キャップの少年が目を丸くすると、レッドは「ああ。今日付けでうちに配属になった坊やだ。意外と腹も据わってる」


 レッドが顎をしゃくったのを合図に、俺は「寒風寺零です。よろしく」と頭を下げた。


「よろしく。僕は伊庭いば俊一郎。部署の連中からはリードって呼ばれてます」


 少年はそう言ってキャップを脱ぐと、丸刈りの頭を見せた。


「リードさんですか。俺は係長からゼロってあだ名をつけられたので、そう呼んで下さい」


 俺は今すぐ甲子園に出られそうな風貌の先輩にそう言うと、あちこち焼け焦げた死体に歩み寄った。


「顔だけは随分と穏やかだな。自殺……?」


 俺が呟くと、丸めた背をこちらに向けていた小太りの男が顔を捻じ曲げた。


「殺されたのさ、新人さん。僕は七尾ななお拓馬。あだ名はマッドだ。人聞きの悪い名前だろう?」


 小太りの男はにやりと笑うと、手袋をはめた手で死体の指をつまんだ。


「ホトケさんどうやら死ぬ前に誰かと一戦、交えたようだね。AIガンを撃った形跡がある」


「AIガン?」


「近頃巷を……校内をざわつかせている『知能を持った銃』さ。うちで装備してる『AIニューナンブ』もその一種だ。何も考えなくても標的を抹殺してくれる心強い相棒だよ」


 俺はああ、と腑に落ちた。そう言えば聞いたことがある。主にチンピラ学生の間に出回っているとかいう代物だ。何もかも銃に任せて安心しているうちに、銃に依存する連中が後を絶たないらしい。


「厄介なのは銃に依存するあまり、思考力も判断力も失って支配されちまう奴がいるってことだ。死体の周囲に銃は見当たらなかった。ということは、相手が持ち去った可能性が高い」


「つまり焼身自殺に見せかけたコロシだ……と?」


「おそらくはね。見てよ、この頭部。脳がね、減ってるんだ」


 マッドは死体の頭を触りながら、愉快そうに言った。その様子はあだ名通り、死体の検分を楽しむイカレた奴にしか見えなかった。


「脳が減っている?」


「そう。銃に依存しているうちに減っちゃったのかな。いずれにせよ奇妙なホトケだよ」


 俺は一歩退くと、お手上げですというように肩をすくめてみせた。


「おいマッド、おかしな点ばかりあげつらってないで、捜査のとっかかりになりそうな物を一つくらい見つけたらどうだ」


 レッドが発破をかけると、マッドは眼鏡の奥の目を細めて「ないこともない」と呟いた。


「これ、ホトケが持ってたんだけどけなげだと思わないかい?」


 そう言ってマッドが差し出したのは、鉛筆で絵が描かれた一枚の紙片だった。


「これは……被害者に何らかの関係がある生徒かな」


 紙片を受け取ったリードが描かれていた絵をあらためながら言った。覗きこむと、リアルな少女の絵が達者な筆ぶりで描かれていた。


「この女子生徒が犯人、あるいは何かを知っていると?」


「さあね。そいつを調べるのが君たちの仕事だろう?後は任せるよ」


 マッドはそう言うと、再び死体の検分に戻った。俺はレッドたちを顔を見あわせるとふうとため息をついた。


「うちの部署に持ち込まれる事件ってのは、いつもこんな感じの奴なんですか?」


 俺が問うと三人は顔を見あわせ、ほぼ同時に「まあ、だいたいそうだ」と短く返した。

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