第40話 ああもう、ああ言えばこう言うのだ!
「……しかし、少し疲れたのだ」
公園のベンチに腰を下ろし、佳代は大きめの鞄を隣に置いた。自販機で買ってきたばかりのペットボトルのキャップを開け、口をつける。青いラベルのスポーツドリンクが喉を滑り落ちてゆく。少し飲んだところで口を離し、キャップを閉めた。ふっと目を閉じ、脳裏にタイムスケジュールを思い描く。
(朝5時に起床して見回り、一旦帰宅して朝食、塾に行って勉強。それが終わったら昼ごはんと見回り。ここまでは終わったのだ……)
それが終われば、図書館に行って自習。17時になったら夕方の見回り。いったん帰って夕食を食べ、少し勉強したのち、夜の見回り。21時には帰宅し、また自習。就寝は23時。毎日こなしているスケジュールだが、夏休みも折り返し地点に入ってくれば、流石に疲労もたまってくるものだ。
(だが、風紀委員として休むわけにはいかないのだ。午後も頑張るのだ、
ぱしぱしと頬を叩き、立ち上がる佳代。公園を出ようと歩き出した瞬間、誰かの声が耳を打った。
「なー、最近キザッシー、付き合い悪くね?」
「それな。しつこく言えばゲーセンでもなんでも付き合ってくれるけどよぉ、割と断ったりもするようになってねぇか?」
「確かに」
こちらに近づいてくる三人の不良の声に、佳代は思わず顔を上げた。通り過ぎていく後ろ姿を凝視し、じっと耳を傾ける。
「アレじゃね? 骨折ったからバッセンとかは行けねえし」
「でもあれから1ヶ月半は経ってんぞ? もう治ったみてえなもんじゃねえか。ギプスも取れたしよぉ」
「でもリハビリとかあんじゃん。真面目にリハビリしねえと前みたいにキザッシースイング撃てなくなるし」
「それだわ! あいつキザッシースイングが唯一の取り柄だしなぁ」
「ひどくないのだ!?」
思わずツッコミを入れると、目の前で三人が立ち止まった。片目をぴくぴくと痙攣させながらガンを飛ばしてくる男子生徒を真っ向から睨み返し、佳代は三人を全力で指さす。
「
「あは、ちびっ子がなんかわめいてる。かーわいい」
「つか、誰かと思えば風紀委員じゃねーか。こんなところで何してるんだ?」
「スポドリ飲んでただけなのだっ!」
一旦指を仕舞い、腕を組む佳代。三人をぐるりと見まわし、危険なものを特に持っていないことを確認すると、改めて口を開く。
「君たちこそ何をしているのだ?」
「後輩探してんの。ちょっとお小遣い足りなくてさぁ」
「カツアゲなのだ!?」
「よくわかったね?」
涼しい顔で言い放つ男子生徒に、佳代は肺の空気をすべて吐き出す勢いで溜め息を吐いた。半目で彼らを見上げ、口を開く。
「まずカツアゲをするななのだ。お金が欲しくばアルバイトをするのだ」
「めんどくせーよ」
「だいたい俺ら髪染めちゃってるし? 染めてると雇ってくれないバイト先多いじゃん」
「染め戻せばいいだけなのだ! もしくは染めてても雇ってくれるバイト先を探すのだ!」
「いや、俺らもググったけど、遠くてさぁ」
「ああもう、ああ言えばこう言うのだ!」
叫び、佳代は大きな鞄に手を伸ばし、一冊のクリアファイルを叩きつけた。男子生徒の一人がそれを受け取り、まじまじと見つめる。両側から残りの二人もそれを眺めて……その表情が、徐々に苦々しく変わってゆく。一人が軋むような音を立てて顔を上げ、ゲテモノ料理でも見たような顔で口を開く。
「……おい、風紀委員」
「勘解由小路佳代なのだ」
「あっそ……これ、『最終手段:親に媚を売る』って書いてあるんだが。求人票に見せかけてこれってどういうことだよ?」
「だってそうなのだろう?」
咲き誇る花のような笑顔を浮かべ、堂々と腰に手を当てる佳代。ズビシッと三人を指さし、勝ち誇ったような顔で言い放った。
「触法行為はしてはいけない! アルバイト含め、楽な仕事は存在しない! それでも楽な仕事を探せど、悪質商法やネットトラブルが待っているのは火を見るよりも明らかなのだ! ならば手段は一つ! 親にお小遣いを上げてもらうのだッ!!」
「はぁ!? んなことできるわけねぇだろ!!」
「ならば、2枚目を見るのだ」
「あぁ?」
大人しくクリアファイルから書類を取り出し、その中身を眺める男子生徒。だが、みるみるうちに表情から怒りが抜け落ち、その瞳が輝いてゆく。
「髪染めてても働けるバイト、すぐ近くにあんじゃん……!」
「へー、モデルのバイトなんてあるんだ! すっげぇ……!」
「もちろん裏は取れているのだ。怪しいバイトではないから、安心して働くがいいのだ! では、僕は行くのだ!」
「おう! またなー!」
軽く手を振り、佳代は今度こそ図書館に向かってゆく。
◇
(……チョロいのだ!)
公園を出た瞬間にガッツポーズし、ニヤニヤと笑いながら図書館への道を歩んでいく佳代。昇龍二高の生徒は基本的にチョロい。ちょっと美味しい餌を撒けばすぐに釣れる。ノリで不良をやっている生徒がまぁまぁいるということが、何よりの証拠だろう。そういう生徒はノリさえぶち上げればどうとでもなる。
(そしてこのバイトが評判良ければ、他の生徒たちも殺到することだろうなのだ。今は令和の情報社会、情報伝達のスピードを舐めてはならないのだっ!)
かなり自分に都合がいい思考回路だが、疑いもせずに佳代は歩いてゆく。鼻歌すら歌いながらも、彼は図書館の入り口に繋がる角を曲がる。
――と、視界の隅で見慣れたグロッシーブラックが揺れた。鼻歌を止め、顔を上げると、黒いTシャツにジーンズ姿の少年が図書館を出ていく姿。見慣れた横顔、三白眼、左腕に巻かれた包帯……間違いない。気付いた時には軽やかに地を蹴って、彼に近づいていて。
「……きざしーっ!」
何気なく声をかけると、彼は不意を打たれたかのように肩を震わせた。弾かれたように振り返り、三白眼を見開く。緊張か、ほんのりと頬を赤く染めながら、彼は恐る恐る口を開いた。
「……なんでいるんだよ、佳代……っ」
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