第31話 圭史の好きなところは!
「……なぁ、
「なーに、圭史」
選手が並ぶレーンの一角、陽光にアッシュゴールドの特徴的な髪がきらめいた。それを見下ろしながら、陽刀はピンク色の髪の毛先に指を絡める。左脚には圭史の右足が当たっていて、二つの足首が白い手拭いで結ばれる感触があった。結び目を何度も引っ張りながら、圭史は淡々と言葉を紡ぐ。
「なんで俺をこの競技に引っ張り出してきたんだ? 正直、騎馬戦に集中したかったんだが」
「えー? 折角の体育祭だよ? 肩の力抜いて楽しんだ方がいいって」
「そうもいかねえのが『Rising Dragon』の
「むずかしーね。ボクそういうのわかんない」
「テメェ……」
呆れたように息を吐き、圭史はハーフパンツから覗く膝を払いながら立ち上がった。長袖の指定ジャージを背負ったまま、腰に手を当てる。そんな彼を見上げ、陽刀はピンク髪と
「……っ」
ぷにぷにと柔らかい感触に、圭史は思わず陽刀の瞳をじっと見返した。二対のはしばみ色の瞳が見つめ合う。陽刀は一つ瞳を瞬かせ、片手で自身の口元をぐっと押し上げた。
「あんまり頭カタくしてもしょーがないよ? それに障害物競走だって立派な競技じゃん。たまには楽しんでも、バチは当たんないと思うよー!」
「……ったく」
呆れたように息を吐き、圭史は彼から視線を外す。空はひどく青くて、刷毛で描かれたような雲がひどく爽やかで。視線を伏せ、ふっと目を閉じ、口を開いた。
「……体育祭は遊びじゃねえ。やるからには勝つぞ、どんな競技でも」
「らじゃ!」
◇
「オンユアマークス――」
八つのレーンの一番左、よく目立つ二人組の姿があった。
片や、華やかなアッシュゴールドの髪の少年。その髪は全体的に左側に流され、右半分は頭皮に沿って編み込みがなされている。鋭いはしばみ色の瞳が瞬き、周囲を油断なく見つめている。紺色の指定ジャージの下には、血のように赤い無地のTシャツ。ハーフパンツから伸びる長い脚には、獣のようにしなやかな筋肉がついていた。
片や、派手なピンク色の髪をした少年。小柄な姿を学校指定の半袖とハーフパンツで包み、その上に刺繍入りの長袖ジャージを羽織っている。大きなはしばみ色の瞳が瞬き、口元が陽だまりのような弧を描く。細いけれどけっして弱々しくはない脚、その先は鮮やかな黄色とピンク色のスニーカーで飾られていた。
「セット――」
二人は一瞬だけ視線を交わし、頷き合う。肩を組み、そっと結んでいない方の脚を引き――息すらも、止めて。
――パァン、と乾いた音。号砲が鳴ると同時に、二人は結んだ足を同時に踏み出した。障害物競走、最初の障害は二人三脚。トラックの五分の一ほどをその状態で駆け抜けなければならない。
真っ先に飛び出して転んだ7組の生徒には目もくれず、二人は一歩一歩、着実に駆けてゆく。脚の長さはまるっきり違うし、歩く速さもまるっきり違う二人だけれど、それでも駆ける速度は変わらない。圭史は意識的にいつもよりも遅く、陽刀は意識的に歩幅を大きく。呼吸のリズムすらも一致させながら、二人は風を切ってゆく。
二人三脚エリアの終了時点で、二人は2位。圭史は即座に膝を突き、するりと手ぬぐいを外した。ジャージのポケットに突っこんだまま、次のエリアに移る。
第二の障害はピンポン玉競争。スプーンの上に載せたピンポン玉を落とさないように走るというアレである。この場合はどちらか片方がピンポン玉を持って走ればよいというルールになっているため、圭史が勢いよくスプーンを引っ掴んだ。陽刀が投げつけたピンポン玉を片手でキャッチし、彼はそれをスプーンの上に載せる。
「――行くぞ」
「うんっ」
陽刀が頷くのを確認し、圭史は走り出す。スプーンをできるだけ揺らさないように、そしてスピードを出しすぎないように。陽刀が並走している気配。それだけで、不思議となんとかなるような気がして、圭史はただ前だけを見る。
1位の4組生徒との差をわずかに縮めつつ、彼はピンポンを回収する箱に球を抛りこむ。そのまま次の障害を見据え――わずかに遅れかけている陽刀の手首を強引に掴み、駆け出した。
第三の障害は風船だ。片方が風船を膨らませ、もう片方が悪という、ひたすら不毛な競技である。机の前で立ち止まり、陽刀は箱に放り込まれた風船を手に取る。深く息を吸い込み、風船の口に息を吹き込んでゆく。ただでさえ体力のない彼には辛いかもしれない。脳裏をかすめた懸念を無理やりかき消し、圭史はただ陽刀の紅潮した横顔を見つめる。
「――っ、はぁ」
ある程度まで膨らんだところで、陽刀は風船から口を離した。器用にその口を結んでみせるけれど、その横顔は苦しそうに紅潮していて。隣に立つ4組生徒を横目で眺めながら、圭史は風船を奪い取り――右手の爪を立て、思い切り引き裂いた。
パァンッ――と派手な音が響き渡り、遅れて4組チームの風船が割れる音も響く。今だ、と圭史は再び陽刀の手首を握り、駆け出した。次が最後の障害。ここを突破すれば、勝利は確実だ。
その向こうに置いてあるのは、小さな紙箱とスタンドマイク。圭史は紙箱の中にあっさりと手を突っ込み、中の紙を一枚取り出した。そこに書いてあるお題の内容をマイクに向かって叫ぶことで、通過できる……という仕組みのようだ。
「うぅ……お題なんだろ……」
「今開ける。……って……」
かさり、軽い音を立てて開かれた紙。その中身を一瞥し――圭史の口元が、呆れたように歪んだ。一方、ピンク髪を揺らしてそれを覗き込む陽刀。そのはしばみ色の瞳は、プラネタリウムのスイッチを入れたように輝いた。
――『互いの好きなところを大声で叫べ』
「いいね、いいね! それじゃあボクからいくね!」
「おい、ちょっと待てよ」
呆れたように言い放つけれど、急に元気を取り戻した陽刀は止まらない。呆れたように歩み寄る圭史をよそに、陽刀はマイクの高さを調節し――盛大に、声を上げた。
「お題は! 『互いの好きなところ』です!」
「男子校でこんなお題やって誰が楽しいんだ」
「圭史の好きなところは! 何よりも! 顔です!!」
「顔かよ……」
応援している生徒の群れから、巻き起こる爆笑。口元を覆って震えている憲太郎、頭痛に耐えるようにこめかみを押さえる佳代、そして想い人の彼氏がアホだった時のような
「強いて言うなら……ガキなとこだ!」
「ええええええ!? 待って圭史それどういう意味!?」
「いいから行くぞ! ここ抜けたら1抜けだ!」
「待って待って!」
陽刀の手首を無理やり引っ掴み、圭史は走り出す。必死に足を回しながらも、子犬のように自分のいいところを叫んでいく陽刀を、圭史は駆け落ちでもするかのように引きずっていくのだった。
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