第30話 僕はいつだって僕なのだ!
「さて、次はパン食いなのだよな……っと、あれに見えるは霧島くんなのだ」
「え、誰それ?」
「霧島……あぁ。4組の風紀委員か」
「あー……?」
レーンに並ぶ生徒たちの中に、特徴的な銀髪がさらりと揺れる。この炎天下でも黒マスクを外さない謎の徹底っぷりを見せる彼は、指定ジャージの半袖短パンの上に長袖のジャージを肩にかけ、王子のマントのような留め具を使って走っても落ちないように改造している。
「……厨病激発?」
「キザッシー、それ以上いけない」
「というか、それ以前に風紀委員がジャージを改造するななのだ」
「ってか、あいつ何でパン食い競争なのにマスクしてんの?」
首元を掻きつつ、小さく溜め息を吐く憲太郎。兆の後頭部をはたくと、彼ははっと我に返ったかのようにメガホンを掲げ直した。
◇
――パンッ、乾いた号砲が空に響く。刹那、霧島
(……狙うパンをサーチ)
謎にロボットっぽくモノローグを流してみても、特に距離が縮まるわけではない。それどころか比較的小柄な
そう――翠●堂の「かぼちゃのポタージュパン」。
トレードマークの黒マスクを取り払うと、耽美系の美しい顔立ちが現れた。猫のように見開かれた瞳が謎パンを捉え、軽く腰を落とした。セロリのような脚でロケット花火のように跳躍し、謎パンを狙って紅い唇を開き――
「……ぐふっ!?」
――額に鉄球で殴られたかのような衝撃が走り、目の前に大量の星が飛んだ。額を押さえると同時に、全身に重力がかかる感覚。今度は腰を強打し、切れ長の瞳に涙が浮かぶ。
「……は?」
聞こえた声は競技者のものだったか、それとも応援する生徒のものだったか。そんな彼には目もくれず、他の選手たちは悠々とパンをくわえて駆けてゆく。老人のように腰をさすりながら立ち上がり、
◇
「……か、
「こればっかりは僕にも如何ともしがたいのだ。というかそんなことはどうでもいいのだ」
「無慈悲……」
佳代に話しかけたバッサリと言い放たれ、途端にがっくりとうなだれる
「か、勘解由小路氏、そこだけは回避希望……!」
「風紀委員が指定ジャージを改造してどうするのだ!! そんなんで生徒が校則を守るようになると思うのか!?」
「痛痛痛痛痛……激痛……手加減希望……」
「ふんっ」
ようやく指が抜け、
「風紀委員が制服を改造するななのだ。風紀委員じゃなくても改造するななのだ。そもそも霧島はアレなのだ? ファッションだけ中二病なのだ?」
「ちゅ……!?」
「オレの邪気眼が疼きだしたとか言うタイプの男子なのだ?」
「違っ、これは……!」
生まれたての小鹿のように膝を高速で震わせながら、銀髪をぷるぷると揺らして頭を左右に振る
「そういうことはプライベートでやれなのだ。学校に持ち込むななのだ。後でブラックヒストリーになっても知らんぞ?」
「……ブラックヒストリーって言ってる時点で佳代も大概だぞ」
「やかましいのだ」
後ろからかけられた兆の声は華麗にスルーし、佳代はじっとりとした半目で
「うわぁ、なんかやばみ?」
「……どうしたのだ、霧し――」
「どうだっていいだろ!!」
――身を切るような絶叫が、青すぎる空に木霊した。切れ長の瞳は充血したまま、心臓を抉られたような表情の憲太郎を見て、俯いて唇を噛みしめる兆を見て……そして、涙をこらえるように唇を引き結ぶ佳代が、視界に大写しになって。はっと息を呑み、
「……嘘。心配無用」
「そんなわけが――」
「心配無用……っ」
それだけ言い放ち、改造ジャージを翻して席に戻っていく
(……霧島も、なのか)
「佳代」
「き、兆?」
すぐそばで黒い長ランが揺れて、佳代は思わず顔を上げる。兆の三白眼は呆れたように細められながらも、どこかタンポポの花のような光を宿していて。その唇がゆっくりと開き、温かい手のひらのような言葉が零れる。
「お前のことだから、どうせ諦めるって選択肢はないんだろ?」
「そりゃそうなのだっ」
腕を組み、白日のような笑顔を浮かべてみせる。アーモンド形の瞳は曇ることを知らず、いつだって輝かしくて。兆はただ、背中を押すように口元をほころばせる。
「……そうか。お前はずっと、そのままでいてくれ」
「そりゃ勿論なのだ。僕はいつだって僕なのだ!」
「……ねぇ、俺はここで何を見せられてんの?」
憲太郎の問いは誰に拾われることもなく、夏風に吹かれて消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます