第27話 というわけで文句はすべて聞きません

「うん、全然ダメ」

「は?」

「いや、ここでハモられても」

 謎にハモる八手と石ノ森に、国近は呆れたように肩をすくめる。その動作に合わせ、黒髪の中で赤メッシュが揺れた。国近はおもむろに腕を組み、二人に交互に視線を向ける。何か言いたげな表情の二人を見回し、言い放った。

「コースケがヘタクソなのは一回置いとくとしてさ。曲とか難易度とかだいたいエース君が選んでるよね? まずエース君は何でいきなり難易度EXPERTを選ぶん? MASTER以外だと最高難度だよ、それ。まずはEASYか、せめてBASICからやった方がいいって」

「何で国近はそんな詳しいんだ」

「質問を質問で返さないでくんねぇ?」

「はぁ、ジョジョかよ……」

 呆れたように溜め息を吐き、石ノ森は長めの前髪にゆっくりと手を当てた。観念したように視線を挙げ、国近の大きな瞳を見つめる。

「だって太達たいたつだったら余裕でできるし、音ゲなら余裕だろうと思って」

「余裕じゃねえ! おれ、こういうの苦手なんだよ!」

「八手くんもさぁ。言いたいことあんならちゃんと言葉にしなよ。君らコミュニケーションが足りなさすぎ。もうちょっとまともに喋ったら?」

「は、はぁ!?」

 八手の野太い声がゲーセンに木霊した。勢いよく飛び退って、ゲーム筐体に激突してうずくまる。石ノ森の呆れたような視線が彼を撫で、八手は腰をさすりながらよろよろと立ち上がった。その頬がかすかに赤く染まっているのは、おそらく羞恥心だけではないだろう。

「何やってんのコースケ」

「い、痛ってぇ……つーかそう簡単に言うけどさぁ! マジでわかってねぇ、国近マジでなんもわかってねぇ!」

「何キレてんだ八手……」

「栄須にだけは言われたくねえぇ!!」

 半ば子供に返ったかのように大騒ぎする八手に、国近はダメだこいつ、と溜め息を吐く。鞄からスマホを取り出し、LINEで佳代を呼び出そうとして――


「……下手なんだったら最初にそう言えよ。言われないと合わせることもできねえだろ」

「え?」

 ――大きな瞳を、はっと見開いた。石ノ森は上目遣いに八手を見つめていて、短く結われた後ろ髪が猫の尻尾のように揺れて。その鋭い視線の先で、八手も同様に口を半開きにしていた。赤茶色の瞳をぱちぱちと瞬かせ、呆然と声を絞り出す。

「……栄須が……デレた?」

「帰る」

「ああああああ待って待って待って! 帰らないで! もっかいやろうぜ! もうちょっと難易度低くしてやってみようぜ、おれも栄須みたいにフルコン出したい! いいだろ、ちょっとくらい付き合ってくれたって!」

「ウゼェ……」

 肩をすくめ、石ノ森はだしぬけに片手を差し出す。きょとんと首を傾げる八手に、視線の力をかすかに緩めて言い放った。

「……金欠だから。金、お前が出せ」

「出す出すめっちゃ出す! よーし絶対フルコンするぞー!」



「……待て待て待て……僕は夢を見ているのか?」

 一通りの練習を終え、佳代はアーモンド形の瞳をぱちぱちと瞬かせた。そっぽを向いている石ノ森とドヤ顔の八手を何度も見比べ、最後に国近の大きな瞳を捉える。

「二人ともだいぶマシになってるのだ!」

「いや、佳代ちゃん、もうちょっと言い方どうにかなんねーの?」

「く、国近! 一体どうやったのだ!?」

「大した事はしてないって。ちょっと協力プレイさせただけ」

「ふむ……共同作業というわけか。それなら確かに連携も向上するし、とてもナイスなのだ! 君に任せて正解だったのだ!」

「でしょー? 伊達に『ライドラ』のサブリーダー務めてるわけじゃないんだよ」

 満更でもなさそうに破顔する国近、夏風がその黒髪と赤メッシュを揺らす。太陽のようなドヤ顔を崩さない八手、文句を言いたげにそっぽを向いている石ノ森。そんな彼らをぐるりと見まわし、佳代はズビシッと人差し指を伸ばした。

「それでは練習、再開なのだ! 本番まで時間がないのだ、いわゆる大詰めってやつなのだ! 気を抜かず、怪我に気をつけて、頑張ろうなのだ!」

「おーっ!」


 ――その様子を、校舎の二階の廊下から眺めている影がいた。

 グロッシーブラックの髪が、窓から吹き込む風にそよぐ。真っ白な半袖シャツと、同じくらい白いギプスが要綱を反射した。彼――きざしの三白眼に映るのは、満面の笑みで片手を伸ばす佳代の姿。ふっと目を細め、小さく嘆息する。

(……あいつは本当に、人の中心にいるのが似合うな)

 いつも人の輪の中心にいて、笑ったり怒ったり、表情をころころ変えて。ふわふわと柔らかそうな髪は、まるで空に浮かぶ雲のようで。無事な方の手をそっと伸ばしかけて、ゆっくりと下ろす。灰色に染まってしまった自分が、彼に簡単に触れることははばかられて。


「……?」

 ふと足音が聞こえたような気がして、何気なく視線を左に向ける。佳代と同じくらい小柄なピンク髪の生徒が、黄色の半袖パーカーをなびかせながら階段を駆け下りてゆく。あれは風紀委員長、名女川なめがわ陽刀ひなた。だけど一瞬見えた横顔は、まるで幽霊を探しに行くような複雑な色を湛えていて……脳裏に響く警鐘に追い立てられるように、兆はゆっくりと唇を引き結び、歩き出す。



「こんにちは、先輩。お元気ですか?」

 唐突に耳を打った声に、兆は曲がり角の陰に身を隠した。演説をする政治家のように張りのある声。ゆっくりと陰から顔を出し、三白眼を細めて相手方を探る。きっちりと撫でつけられた黒髪、真面目に着こなされた制服……間違いない。生徒会役員、東堂春弘はるひろだ。

「ん、まぁ元気だけど……東堂トドくんの方は相変わらずっぽい?」

「はい、おかげさまで。それでは早速本題に入りましょう……風紀委員と、の話です」

「――ッ!?」

 思わず息を呑み、兆は慌てて口に手を当てた。聞かれてはならない。佳代と普段から一緒にいる自分が聞いていると、気付かれてはならない。三白眼を見開いたまま、兆は必死に息を整える。その両耳はひたすらに二人の会話を追い、はやる心臓はその声をかき消さんばかりに脈打つ。

「……佳代ちゃんがどーしたの?」

「彼の行動は生徒会として見逃すわけにはいきません。生徒会としては、今ある校則を変えるわけにはいかないのです。というわけで、風紀委員長から――」

「やだ」

「……は?」

 日本刀の一撃のようにバッサリと言い放つ声に、兆はゆっくりと口元から手を放す。呆然としたような東堂の声に、陽刀は被せるように言い放った。

「ボクたち風紀委員の目的は生徒たちに校則を守らせることだもん。サボって寝てるだけの生徒会に言われたくないよ。ってゆーか正直、ボクは今の校則、守る気起きないもん。風紀委員長が言うんだから、多分皆そうだと思うな。というわけで文句はすべて聞きません。ボクは死にましぇん」

「……言いたいだけでしょう」

「まぁね」

 非難するような声をさらりと認め、陽刀はぐっと唇を引き結んだ。東堂が頭を掻き、ひどく長い溜め息を響かせる。曲がり角の陰で兆はゆっくりと唾を飲み下し……やがて、東堂は勢いよく顔を上げた。


「わかりました。生徒会は風紀委員会と全面的に敵対しましょう。三日後の運動会当日、ボクと勘解由小路君が勝負する。勘解由小路君が勝利すれば、風紀委員会の提案を飲みましょう。ただしボクが勝利すれば……おわかりですね?」

 意地の悪い商人のような声に、兆はぐっと歯を食いしばる。彼らの方向から顔を背け、ゆっくりと額に手を当てた。

(……まずいことになった)

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