第25話 もとよりそのつもりなのだ!

「ひ、ふ、み……よし、8人全員いるのだ」

「や、むしろ何で全員いんの? 謎じゃね?」

「全員いて普通なのだ!」

 重苦しい雨音が響く、放課後の教室。怪訝そうに選抜メンバーたちを見回す国近を、佳代は短い指でズビシッと指さす。対し、彼は赤メッシュを揺らし、大きな瞳をしれっと逸らした。そのまま別の方向に視線を向け、満足げに頷く。

「しかし八手はってに石ノいしのもりも入ってくれるとは。ちゃんと仲良くするのだぞ?」

「わぁかってるよ! なぁ栄須えいす!」

「触んな」

 握手を求めるように差し出された手を、ぴしゃりと跳ね返して石ノ森は八手を睨む。言ったそばから、と肩をすくめて薄く笑う国近。佳代は一つ咳払いをし、他の選抜メンバーたちを一人ずつ見回してゆく。

「それでは、棒引き……じゃなかった、タイヤウォーズの作戦会議を開始するのだ。まず……昨日のホームルームが終わってから、とりあえず棒引きのコツについてざっくり調べてみたのだ」

 机の中から一冊の大学ノートを取り出し、付箋が貼られたページを開く。国近がそれを覗き込むと、隅から隅まで几帳面な筆跡で埋まっていた。軽く引いたように眉をひそめる国近をよそに、佳代は何故か自慢げにピースサインを出す。

きざしが経験者らしいのだし、昨夜色々聞きながら戦略を練ってみたのだ! やっぱりやるからには勝ちたいのだっ!」

「うわぁ……真面目だねぇ佳代ちゃん。軽く引くよ?」

「やかましいのだ! というか話の腰を折るななのだ!」

 言い放ち、佳代は橙色の蛍光ペンで囲まれた領域を指さす。赤ペンで大きく「ポイント」と書かれた箇所を指し示し、メンバーたちを睥睨へいげいする。

「よいか? この競技は団体競技なのだ。一人ひとりの実力もさることながら、チームワークが重要なのだ。全員の協力が不可欠な競技なのだ!」

「だよなぁ。コースケにエース君、本当ケンカしないでよ?」

「八手が何もしなければな」

「はぁ!?」

「そういうところなのだ! 石ノ森はいちいち八手に突っかかるな! 八手もいちいち反応するな! 小学生か!」

 二人を交互に指さしながら絶叫し、佳代は深く息を吐く。アイボリーブラックのふわふわ髪を軽く掻きながら、ノートに視線を戻した。

「さて、タイヤウォーズ……もとい、類似競技である棒引きの戦略について一通り調べてみたのだが……重要なポイントとしては、『背の高い人から順番に並んで引く』『取るタイヤの優先順位を決める』『足の速いメンバーを有効活用する』の三つなのだ」

「……っていうと?」

「まあ待て、一つずつ解説していくのだ」

 メンバーたちを見回し、佳代は短い指を一本伸ばす。もう片方の手はノートの一ヶ所を指し示し、まるで塾講師の要に解説していく。

「まず『背の高い人から順番に並んで引く』なのだが、これは力学の話になるのだが、身長が高い順で並ぶことで、力の向きが統一されて効率よく引くことができるのだ」

「……そこのノートに描いてあるグラフか?」

「なのだ」

 石ノ森が指差したのは、棒グラフとベクトルの矢印を組み合わせたかのようなグラフだった。納得したように頷く石ノ森に、八手は素直に視線を輝かせる。

「おー……シンプルにすげぇ。俺、何が描いてあるかさっぱり分かんなかったぜ」

「あはは、俺もー」

「君たちはまず勉強しろなのだ!」

 盛大に言い放ち、佳代は一つ咳払いをした。再びメンバーたちを見回し、次のポイントに移る。

「次は『取るタイヤの優先順位』なのだ。先に言っておくが、このタイヤウォーズは頭脳戦なのだ! 敵には足が速いのも、遅いのもいる。力が強いのも、そうでないのもいる。どのタイヤにどのようなメンバーが集まっているかを見極めることが重要なのだ!」

「ふーん。じゃあ司令塔は佳代ちゃんね」

「ふん、もとよりそのつもりなのだ!」

「……へ?」

 堂々と胸を張る佳代に、国近は大きな瞳をきょとんと見開く。彼はどこか気まずそうに佳代から視線を外し、困惑したように口元を緩めた。

「ねー佳代ちゃん……そこは俺が佳代ちゃん困らせてニコニコするところじゃないの? そんな満面の笑顔で肯定されても困るんだけど」

「困ることなど何もないのだ。一高のプライドと2年3組の名誉にかけて、僕が君たちを勝利に導いてやるのだ!」

「いや、そんなドヤ顔されてもなぁ……」

 困惑したように眉をひそめる国近をガン無視し、佳代は三本目の指を伸ばす。もう片方の手が指し示すのは三つ目のポイント、『足の速いメンバーの有効活用』だ。

「さて、三つ目だ。これは単純、足が速い方が素早く棒に辿り着けるのだ。この中で足が速いというと……」

 アーモンド形の瞳が、集ったメンバーたちを一人一人眺めていく。もとより昇龍二高はヤンキー校として名高く、身体能力が高い生徒が多く集う傾向にある。……もっとも、基本的にやる気は皆無なので、高総体などの成績は決して芳しくないのだが。

「佳代ちゃんまあまあ足速いじゃん」

「僕は司令塔を担うからスピード枠は別の人がいいのだ!」

「あ、足なら栄須が速いぞ!」

「人を指さすな」

 八手の人差し指をぶっ叩き、石ノ森はただでさえ悪い目つきをさらに鋭くする。後ろでくくった黒髪をいじくる彼に、佳代は一歩歩み寄ったかと思えば――勢い良く頭を下げた。面食らったように瞳を瞬かせる石ノ森に、佳代は両手を合わせて叫ぶ。

「そういうことなら頼むのだぁ! 勝利のためなのだっ!」

「はぁ……?」

「俺からも頼む、栄須! な、いいだろ!? 勝ちたいだろ!?」

「……っ!」

 ――勝ちたい。その言葉に、石ノ森の心臓が揺さぶられるような感覚があった。そう、勝利は誰だって欲しい。誰だって、敗北は喫したくない。しかしそれを八手に言われてしまえば、言うに言えなくて……彼は歯を食いしばり、八手の脇腹に勢いよく蹴りを入れた。

「いって!?」

「あぁ、もう! やればいいんだろ!? やればッ!!」

「いや蹴るんじゃないのだ! だが、やってくれるのは嬉しいのだ! 石ノ森、これからよろしくなのだっ!」

 花が咲くような満面の笑みの佳代から視線を外し、石ノ森は悶絶する八手を見つめる。何故だか、その頬に熱が上がっていくような感覚があって……彼は熱に抵抗するかのように、深く息を吐くのだった。



「やぁ、君は……法師濱ほしはまきざしくん、だったね?」

 後方からかけられた声に、兆は静かに振り返る。まだ高い陽が白いギプスに反射して、ひどく眩しい。そこに立っていたのは、きっちりとした七三分けに銀縁眼鏡の少年。

「……東堂。何の用だよ」

「用っていうか、ちょっとお喋りがしたくてね。立ち話でいい」

「勝手に話進めんなよ……」

「何か言ったかな?」

「言ってねえ」

 厄介な奴に絡まれた、と兆は気付かれないように肩を落とす。三白眼が眼鏡の奥の瞳を見つめ、面倒そうに問いかけた。

「……で? 何だよ」

「なに、大した話じゃない。ただ、君……勘解由小路かでのこうじ佳代と、幼馴染だそうだね?」

「――ッ!」

 勘解由小路佳代。その名前が出た途端、兆は片足を引いて身構えた。三白眼が威嚇するような光を宿す。しかし東堂の方は堪えた様子もなく、不気味なほど温厚な笑顔で口を開いた。

「そう警戒しないでくれ。ただ、生徒会としては危険因子は早めに取り除いておきたくてね。……君から話してほしいんだ。、とね」

 その声は蜘蛛の巣のように丁寧で、霜柱のように冷たく。兆の歯が軋み、ギリ、と音を立てる。彼は子を守る狼のように東堂を睨み――両手を広げて立ちふさがるように、言い放った。


「……佳代は佳代の正義のために、そして俺のために学校を変えようとしてんだ。お前なんかに言われただけで、はいそうですかって引き下がるタマじゃねぇんだよ」

「……」

 反論を聞かぬまま、兆は足早にその場を立ち去る。背後で東堂の溜め息が聞こえた気がしたけれど、それすらも聞こえないふりをして。

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