第24話 わかりやすすぎかよ
「さーて。もうすぐ体育祭ってことで、誰がどの種目に出るか決めよっか。さっさと決めて遊ぼ。ジャ〇プの朗読会しよう」
「遊ぶなッ! やることやったら自習なのだッ! というかそもそも教卓に座るな、バランス崩して落ちたらどうするッ!」
例によって教卓の上で音頭をとっている憲太郎を、佳代は勢いよく指さして言い放つ。子供っぽく口を尖らせながらも大人しく教卓から下りる憲太郎に、国近はどこか呆けたように俯く。黒髪の中でよく目立つ赤メッシュが揺れ、彼の表情を隠した。そんな彼の様子には気付かぬまま、憲太郎はプログラムを見ながら黒板を豪快な文字で埋めていく。
「えーっと、種目種目……午前中が100メートルとパン食いに障害物にしっぽとり、あと綱引きな。そんで午後が応援合戦と玉入れとムカデとタイヤ、それにリレーと騎馬戦。なんもなければ一人一競技は出てね、だって」
「……
平凡な競技が並ぶ中、唐突によくわからない名前が出てきた。隣の席の兆に小声で問うと、彼は去年の競技を思い返しながら口を開く。
「ざっくり言うと、棒引きのタイヤバージョンだな。両側にロープ結んだタイヤを両側から引っ張り合って、自分の陣地に多くタイヤ入れた方が勝ちってやつだ」
「ふむふむ……だいたいイメージできたのだ」
頷き、佳代は黒板に踊る大きな文字を見つめる。ひそめられた眉がぴくぴくと動いているのを見て、兆は小さく声をかけた。
「……つーか佳代、お前大丈夫なのか? 足はやたら速いけど持久力ゼロだし、そんな運動得意な方じゃねえだろ?」
「だ、だだだ大丈夫、なのだっ」
「わかりやすすぎかよ……」
呆れたように息を吐き、兆は黒板の方に視線を戻す。
「俺騎馬戦やるー。やっぱ勝浦パイセンと決着つけたいし」
「待ってケンタロー、勝浦先輩1組だろ? 軍一緒じゃね?」
「や、今年はくじ引きの結果、1組2組5組6組が紅軍で、3組4組7組8組が白軍らしいからさ。ってか朝の全校集会でくじ引きやったじゃん」
「わり、俺サボってた。へー、そーだったんだ」
誰かの声をBGM代わりに、憲太郎は騎馬戦の枠に自分の名前を記入していく。チョークが黒板を叩く軽い音が響いた。くるりと振り返り、チョークを片手で回しながらクラスメイト達を見回す。
「そんじゃ皆、やりたいやつどんどん言ってってー。言わなかったら俺が独断と偏見で決めちゃうよー」
「いやそれはないのだッ!」
反射的にツッコミを入れる佳代に、兆は無事な方の手で額を押さえる。対し、憲太郎は砂漠の風のようにからからと笑い飛ばした。チョークを片手で回しながら、緑色の瞳でぱちりとウィンクをする。
「あっはっは、冗談冗談! じゃーさ、佳代ちゃんは何にすんの?」
「うっ……」
思わず喉が詰まったような声を漏らし、佳代はばつが悪そうに視線を逸らす。教卓に片手をつき、憲太郎の緑色の瞳が彼を覗き込んだ。どこか居心地悪そうに視線を
(……兆の分まで、僕が頑張りたいのだ……!)
「タっ、タイヤ! タイヤに出るのだッ!」
「……マ?」
「はぁ!?」
二つの声が重なる。隣で兆がびくりと震えて、白いギプスが机にぶつかった。痛みに歯を食いしばりつつ、彼は佳代に視線を向ける。
「佳代……お前正気か? あれ、ガチ勢が出る競技だぞ。スピードもパワーも求められるし、無難にムカデとかにしとけって」
「や、別にいいと思うよキザッシー。あれ戦略も要るしよぉ、佳代ちゃんみたく頭いいやつが出れば割といい感じになるんじゃね?」
「……確かに」
赤メッシュを揺らして語る国近に、兆はあっさりと引き下がった。緑色の瞳をぱちぱちと瞬かせ、憲太郎は口を開く。
「……くにちー、何企んでんの?」
「人聞きわっる。単に勝ちたいだけだよ。ってわけで俺もタイヤやるわ。シクヨロー佳代ちゃんっ」
「あっ、ああ、よろしくなのだっ」
ぱちりと片目をつぶる国近に、佳代は満面の笑みで頷く。それを眺める兆の表情に、曇り空のような影が落ちた。
◇
「……そうか。
薄暗い生徒会室の一角で、一人の少年が七三分けを撫でつけていた。銀縁眼鏡の奥の瞳が、全校生徒の出場競技一覧の食い入るように見つめる。ニヒルな笑みがその口元を彩り、隣で瞳を隠すほど長い前髪の生徒が皮肉げに笑う。
「そうみたいですねぇ。どうするんですか、次期会長?」
「決まっているだろう?」
吐息に笑みを混ぜて吐き出し、七三分けの少年――東堂春弘は笑う。それはまるで、獲物をいたぶる肉食動物のように。三日月形に歪む東堂の口元を視線でなぞり、長い前髪の男子生徒はくつくつと笑う。2年3組のエントリー表をひらひらと揺らし、派手な音を当てて握りつぶす。
「――正々堂々、潰してやるさ」
「フフッ、それでこそ東堂くん。やる気満々じゃないですかぁ」
「当然だ。ボクは次の生徒会長だぞ。いつだって、勝つのはこのボクだ。ぽっと出の学校間留学生になんて、負けてなるものか」
淡白な動作で眼鏡のブリッジを押し上げ、東堂は口元を歪める。薄暗い生徒会室の片隅から窓の向こうを、薄灰色の雲が覆う空を見上げ、くつくつと狐のように笑うのだった。
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