第23話 バラである必要性、謎
「ひーふーみー……うん、皆いるね。それじゃあ風紀委員の緊急会議、始めるよー」
徐々に日が落ち始めてきている、放課後の教室。相変わらずピンク色に染め上げられた髪に指を絡ませながら、
「何の話かは、まぁ、わかるよね……一昨日の乱闘騒ぎの話ね。その件で、佳代ちゃんが話があるんだって、さ」
「……」
軽い音を立てて立ち上がり、佳代はどこか覚束ない足取りで教壇に上がった。一歩下がる陽刀に代わり、教卓の前に立って口を開く。
「……委員長がおっしゃったとおり、先の乱闘騒ぎの話なのです。僕たちはそれを止めることはできなかったのです……昇龍二高の風紀を守る風紀委員として、止められなかったことは……とても悲しいことなのです」
どこか湿ったような声に、興味なさげにスマホをいじっていた生徒が顔を上げた。アーモンド形の瞳は泣きそうに潤んでいて、その声は風に震える雨粒のようで。
「――というわけでッ!」
「うわっ!?」
「再発防止に向け、風紀委員総員、活動を開始しようではないのです! 1学期も残り少ないのですけど、その期間中、派手な問題がなければそれで勝ちなのです! 風紀委員総員、頑張っていきましょうなのです!」
「いや心配して大損……」
黒マスクの下で呆れたように呟く
「っていうか……それ風紀委員の仕事? 生徒会とかティーチャーズとかに任せときゃよくね?」
「ふん、現実はそう甘くないのだ」
しかし佳代はそれをバッサリと切り捨て、盛大に腕を組んだ。律の言葉に同調するように頷く生徒たちを
「生徒会はあの通り動く気はないようなのだ。先生方はもしかすると動いているのかもしれないのだが、現状を鑑みるに、その効果は
「それにボクもねー、正直、思ってるんだよ」
その隣にそっと歩み寄り、陽刀は頭の後ろで腕を組んだ。はしばみ色の瞳をそっと閉じ、まぶたの裏を華やかなアッシュゴールドで塗ってゆく。
「なんていうか……悲しいんだよね、この学校の不良たちって。圭史もそうだし……なんていうか、ノリで不良やったり校則違反してる人はいいんだけど、そうじゃない人っているじゃん。なんていうか、そういう子たちは……すごく、悲しい人だと思うんだ。ずしーんって感じのやつを抱えて、ぶわーっ、みたいな……」
「シリアスなシーンで擬音祭やめい……」
呆れたような律の声をあえて黙殺し、陽刀は両手を解いて胸の前に持ってきた。はしばみ色の瞳を薄く開き、両手をつんつんとつつき合わせる。片思いをしている少女のように、陽刀はただ言葉を続ける。
「……だからね。全校生徒スマート化計画のためには――」
「待って。そんな計画いつできたんだよ」
「――根っこから引っこ抜かなきゃいけないと思うんだよね。でもタンポポって、根っこすごく長いじゃん? そんな感じで簡単にはいかないと思うけどさ。でも……何もしないよりは、メンタル的にマシじゃんね?」
「無視かよ……」
呆れたような律の声に、陽刀ははしばみ色の瞳をぱちりと見開いた。ピンク色に染められた髪が夏風にふわりと揺れる。彼は片目を軽く閉じ、少女のようにあざとい仕草で両手を合わせた。
「てへっ。ごめんね律、気付かなかった」
「てへっ、じゃねーし……まぁ、許すけどさ」
「ありがと律! それでどうする? まずは辛そうな人を見つけて幸せにしてあげることが大事だと思うんだけど……」
あっさりと話題を転換する陽刀に、座ったままずっこける律。陽刀の隣で、佳代は顎に手を当てて考えを巡らせる。
「
「……」
ふと、俯いていた
「……それと校則違反、どっち優先?」
「そりゃもち不良問題優先なのです。不良が減れば自ずと校則違反者も減るはずなのです。不良がこの高校の校風をつくっているなら、その校風をつくる不良を更生させることで、雑草を根っこから抜いて綺麗なバラを咲かせることができるのです」
「……バラである必要性、謎」
ボソッと言い放つ
「そういや、もうすぐ体育祭だけどさ。練習とかの間に騒ぎ起きそうじゃない? いちおう体育祭期間中は、注意していきたいなーって思ってるんだよね」
「確かになのだ。こういう行事にトラブルはつきものなのだ」
頷き、佳代は委員たちに視線を戻した。アイボリーブラックの髪がふわりと揺れ、真っ白な夏服が窓から差し込む陽にきらめく。彼は徐に両腕を広げ、堂々と口を開いた。
「風紀委員諸君! 間もなく体育祭期間に入るのだ。というわけで、トラブル防止・解決に全力を尽くすのだ。もちろん体育祭も頑張ること!」
「以上、解散っ!」
佳代と陽刀の号令に、委員たちは次々と教室を出ていく。雲一つない青空のように清々しい笑顔の陽刀に、佳代は思わず半目になって口を開いた。
「……先輩、いい加減髪を染め戻すのです」
「わかってるって。そのうちね!」
◇
「お待たせなのだ、兆。大丈夫なのだ?」
「まあな……帰るか」
「なのだ」
生徒玄関で兆と合流し、歩き出す。夏は日が長く、まだ空は青い。適度に雲がかかった空の下、二人はただ並んで歩いてゆく。兆の片腕には相変わらずギプスが嵌められていて、陽光に白く反射していた。
「そういえば兆、先に言っておくのだ。体育祭は見学すべきなのだ」
「いや、手ぇ使わない競技だったら出てもよくね」
「いや、転んだらどうするのだ。転んで腕痛めて骨折が悪化したらまずいのだっ」
「……」
両の拳を握りしめて謎に熱弁する佳代に、兆は呆れたように肩をすくめた。折れていない方の手で頬を掻き、ふっと視線を落とす。
(……確かに、体育祭ですっ転んだらダセェよな……)
今まで佳代には散々情けない姿を見せた。死ぬほど心配をかけた。……彼の涙は真珠のように綺麗なものだったけれど、だからといって、そう何度も見たくはない。小さく息を吐き、三白眼を佳代に向ける。
「……わかったよ。見学する。これ以上心配かけるわけにはいかねえし」
「ふふ、よくわかってくれたのだ」
何故かやたら嬉しそうな佳代の笑顔に、兆は思わず視線を伏せる。兆の右手と佳代の左手が触れ合って、彼の手のあたたかさが伝わってきた。兆は無事な右手をそっと開いて、佳代の手を探して……ふと、拳を握りしめる。自分が何をしようとしたのかわからなくて、兆は乾いたアスファルトを目でなぞった。
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