第18話 それとこれとは別なのだ
『イソップタシット』がたまり場にしている路地裏を、西日が茜色に染めてゆく。狭い路地裏で向かい合うのは、二人の少年。片や派手な金髪をして、緑色のカラコンを入れた少年。もう片方は華やかなアッシュゴールドの髪をした、端正な顔立ちの少年。互いに従えた仲間たちが路地裏を埋め尽くす中、先に口を開いたのはアッシュゴールドの髪の少年だった。
「……
「あるんなら最初から決闘なんて申し込んでねえよ……」
緑色の瞳に暗い光を宿し、憲太郎はひどく低い声で吐き捨てる。圭史の隣で赤メッシュを揺らし、国近がカキリと首を鳴らした。
「今回こそは決着つけさせてもらうぞ……『Rising Dragon』、そして勝浦圭史!」
「上等だ……いくぞ野郎ども!!」
茜色の空に、むさ苦しい絶叫が響き渡る。決壊したダムのように、路地裏の両側から少年たちが互いに向けて駆けてゆく。あちこちで殴打音が木霊し、醜い絶叫が不協和音を奏でた。敵も味方も混ざり合い、どす黒い混沌の様を成してゆく。
――両チームの威信を賭けた一大勝負が、幕を開けた。
◇
電撃のような拳を避け、カウンターで蹴りを叩き込む。その勢いを殺さず、背後から襲ってくる気配に竜巻のような回し蹴りを放った。豚のような醜いうめき声には、舌打ちを一つ。左側から放たれた蹴りを片腕で受け止め、兆はその胸倉を掴んで背負い上げ、投げ飛ばした。派手なアクションにグロッシーブラックの髪が揺れ、流れる汗が茜色の光にきらめく。投げ飛ばされた生徒は少年たちの渦の中に叩き込まれ、何人もの生徒を巻き添えにして倒れ伏した。
「おいキザッシー! 味方まで巻き込むんじゃねえ!」
「知るかテメェ!」
言い放ち、兆は正面から向かってきた少年の拳をサイドステップで回避した。拳を強く握りしめ、鉄槌のようなアッパーをかます。のけぞる少年の背後に回ると、追い打ちで足払いを仕掛け、浮き上がった下半身を両腕で掴んだ。
「げっ!? しまっ――」
「行くぜテメェら! おらぁッ!」
反動をつけて体格のいい少年を振り回し、手近な少年たちを次々と薙ぎ払った。乱暴に振り回される少年は、それでいて的確に周囲の少年たちの脇腹や
「うっわ見境なしかよ! 味方殴ってねえ!?」
「とっとと離れろ! こいつやべぇって!」
そんな声を号令に、少年たちは蜘蛛の子を散らすように兆から離れてゆく。一つ舌打ちし、兆は武器にしていた生徒を派手に投げ飛ばした。茜色の光の中、それは派手に旋回しながら生徒たちの中に埋まる。鞭で打たれた豚のような声に苦々しく口元を歪めながら、兆は両の拳を打ち合わせた。
「『ライドラ』の敵はすべてブッ潰す……死にてぇやつからかかって来い!」
「なにやってるのだ、兆ッ!」
「――!?」
聞き慣れた声に三白眼を見開くと、不良たちの中にアイボリーブラックがちらついた……ような気がした。幻だ、と頭を振り、周囲の不良たちに片っ端からガンを飛ばす。しかし、不良の波間をかき分けて小柄な影が進み出た。アーモンド形の瞳が兆をじっと睨み、茜色の光にアイボリーブラックがきらめく。
「……佳代!? なんでいんだよ!」
「パトロールしてたら見かけたのだ。というかこんなに大規模な抗争で、おまけに兆までここにいるだなんて……風紀委員として、放っておけないのだ!」
そう言い放ち、佳代は一度ふぅっと息を吐いた。アーモンド形の目を見開き、周囲の不良たちを見回す。すぅっと息を吸い、まるで演説を始める偉人のように口を開いた。
「……話は霧島くんから聞いたのだ。『イソップタシット』のリーダーが『Rising Dragon』に果たし状を出して、それがきっかけでこんなことになっていると。……皆、それぞれに矜持を保つなり、居場所を守るなり、戦う理由はあると思うのだ。それは、僕にはあずかり知らぬところなのだ……」
「佳代……」
どこか悲しそうな佳代の声に、兆は思わず目を伏せた。『Rising Dragon』は、彼らにとっては大切な『居場所』。簡単に奪われるわけにはいかないのだ。ゆっくりと視線を上げ、佳代の横顔を見つめる。彼はしばらくアーモンド形の瞳を揺らしていたが、不意にキッと顔を上げた。紅い花のように鮮烈な言葉が溢れ出す。
「――しかし、それとこれとは別なのだ」
「――!?」
毅然と放たれた言葉に、周囲が一気にざわつく。無数の視線が戸惑うように、あるいは針のように佳代を突き刺した。そんな虫の複眼のような視線にも臆せず、佳代は堂々と言葉を紡ぐ。
「どんな理由があろうと、暴力に訴えることだけはやってはいけないのだ。誰だって殴られれば痛いし、仲間を傷つけられたら悲しいだろう? 人が嫌がることはやっちゃいけないって小学校で習わなかったのだ!? そんな簡単なこともできないだなんてふざけてるのだ、お前たちには人の心がないのだッ!?」
「やめろ、佳代!」
言い放ち、兆は佳代を守るように片手を広げた。佳代の言葉は暴論で正論で、とにかく不良たちにとっては最も聞きたくない類のもので。少年の一人が重い靴音を立てて進み出て、佳代を、その前に立つ兆を睨む。それでも毅然と前を睨む佳代、その横顔は茜色に輝いていて……半ば無意識に、兆は地を蹴っていた。
◇
一撃、響くのは激しい殴打音。重い音が耳に届き、圭史は目の前の憲太郎を突き飛ばした。両腕でガードする彼には目もくれず、兆がいる方向の人混みへと走り出す。
「おい、勝負はまだ終わって――!」
「それどころじゃない! お前たち、どけ!」
言い放ち、人混みの中へと飛び込んでゆく。色とりどりの不良たちの人波をかき分け、騒ぎの中心へと躍り出――はしばみ色の瞳を、呆然と見開いた。
片腕を押さえた兆、その左腕は肉塊のように力なくぶら下がっている。痛みに歪んだ表情、それでも前を睨む三白眼。その背後で佳代が呆然と立ち尽くして、見開いた瞳からは今にも涙が溢れそうで。
「……ふざ、ける、な……」
小さく漏れた声は、ひどく震えていて、まるで親を殺された少年のように。首筋に嫌な予感を感じ、圭史は彼にそっと歩み寄る。
「
「――ッ!」
佳代の小さな手が、震えながら自身の服のポケットに伸びた。黒いシンプルなカバーに包まれたスマートフォンを掴み、迷いながらも電源ボタンが押される。その指がゆっくりと伸び――押されたのは、緊急通報のボタン。
「――散れッ!
反射的に叫び、圭史は周囲の不良たちにハンドサインを出す。今すぐここからいなくなれ、と。びりびりと震えるような声にあてられ、不良たちは一人また一人と消えてゆく。やがて、サイレンの音が遠くから響きはじめた。
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