第12話 昭和か!?

「……あ」

 壁掛け時計が午後八時を指す。リビングのテーブルの上、佳代は片手の中のボールペンを振った。カチリと音を立ててノック部分を押し、再びワークの上に走らせる。最初は綺麗にインクが出ていたが、すぐにまた掠れはじめた。小さく息を吐き、佳代は立ち上がる。

「舜兄、ちょっとコンビニ行ってくるのだ」

「ん? 赤ペンくらい貸すぞ」

「いや、どっちにしろ明日学校で使うペンがないのだ。走って行った方が早いのだ」

「そうか。気をつけて行けよ」

「承知なのだ」

 ソファに座る兄と軽く会話を交わし、ボディバッグを掴む。中に財布が入っていることを確認し、玄関へと歩き出した。



「ありがとうございましたー」

 店員の声をBGMにコンビニを出て、家の方向へと歩き出す――と、少年たちの話声が耳を打った。何気なく道路の向こうに視線をやると、数名の少年たちの姿。闇夜に目を凝らすと、紺色に白いラインの学ラン姿なのが見て取れた。

(こんな時間まで遊んでいるとは、けしからんなのだ)

 自分のことを完膚なきまでに棚に上げ、佳代は腕を組み――と、思わず目を疑った。視界の端で揺れたのは、幼い頃から見慣れていたグロッシーブラック。

「き、きざし……ッ!」

 思わず喉が震えた。揺れる蝋燭ろうそくの火のような声は、おそらく彼らには届いていなかっただろう。佳代には目もくれずに通り過ぎてゆく集団に、佳代は心のままに駆け出した。彼らの進行方向へと全速力で駆け抜け、信号を渡って回り込む。そのまま彼らに向かって猪の如く突進し――ギリギリのところで足を止めた。彼らの目の前に仁王立ちし、腕を組む。アッシュゴールドの髪の少年が邪魔そうに目を細め、よく目立つ赤メッシュの少年が苦々しく口を開いた。

「げっ」

「げっ、じゃないのだ国近!」

「おい佳代、なんでいんだよ!?」

「ボールペン買いにそこのコンビニ行った帰りなのだ。というかこっちの台詞なのだ、兆こそこんなところで何をしているのだ!?」

「……ゲーセン行くとこなんだよ。邪魔すんなよ」

「いーや邪魔するのだ」

 仁王立ちしたまま一同をズビシッと指さし、佳代は堂々と口を開く。徐々に熱くなりつつある風がアイボリーブラックの髪を揺らし、アーモンド形の瞳がきりりと鋭く光った。

「確かに法律では、高校生は10時までゲーセンで遊べるようにはなっている。だが、高校生の本分は学業だろう!? そんな長い時間、ゲーセンなどで遊んでいる暇があるか! 宿題をしろ! 頭を洗え! 風呂に入れ! 風邪を引くな!」

「昭和か!?」

「しかも順番逆だし! っていうか『また来週!!』はどこ行ったんだよ!?」

「……いや、なんでお前ら、昭和の〆の挨拶知ってるんだよ」

 兆と国近の派手なツッコミに、アッシュゴールドの髪をした少年が呆れたように呟いた。刹那、二人の表情に電撃のような緊張が走る。佳代は即座に彼の襟章に目を走らせた。昇龍二高3年1組。華やかなアッシュゴールドの髪は全体的に左に流され、右側は頭皮に沿って編み込みがなされている。露わになった右耳を飾るのは、鈍い銀色のフェザーピアス。紺の学ランとYシャツは前開けにされ、黒いハイネックのインナーが露になっている。校則のの字も知らないようなその姿に、佳代は思わず唇を引き結ぶ。なにより華やかな姿をした彼は、獅子のような風格を纏っているように感じて。彼ははしばみ色の瞳を軽く動かし、国近に視線を向ける。

「……勇翔はやと。こいつが例の風紀委員か?」

「はい、圭史けいしさん。俺たち2年3組の学校間留学生、勘解由小路かでのこうじ佳代です。風紀委員所属で、精力的に活動しているようです」

「そうか」

 短く返し、少年――圭史は佳代に視線を戻した。はしばみ色の視線が頭頂部から爪先までを撫でる。彼が口を開こうとする直前――佳代はキッと顔を上げ、圭史と視線を合わせた。

「あなたは何者なのですか。兆とはどういうご関係なのですか?」

「お、おい佳代やめ――」

「いい、兆。幼馴染だからって、お前が責任を感じる必要はない」

 軽く片手をあげて制止する圭史に、兆は申し訳なさそうに頭を下げた。兆は再び佳代に視線を向け、口を開く。夜の街灯にアッシュゴールドの髪が蝶のように輝く。

「勘解由小路佳代、だな。俺は勝浦圭史。兆や勇翔が所属する喧嘩チームのボスだ。文句があるなら俺が聞く。だが、こちらの言い分にも耳を傾けてほしい」

「……言い分、とは?」

「話は通じるようだな」

 頷き、圭史は金髪を揺らして周囲の仲間たちを見回した。一人ひとり、丁寧に視線を合わせてゆく。国近を見て、兆を見て、最後に佳代に視線を戻した。舞台俳優のように両腕を広げ、子供に言い聞かせるように口を開く。

「俺たちはただ暴れてるってわけじゃない。至上目的は人に『居場所』を与えることだ。二高は学費安いし、就職率もまあまあだし、そういう『居場所』がない人間が集まりやすい。そして……そんな『居場所』を守るには、戦うしかない」

「……一応、理解できるのだ」

 不承不承、といった感じで頷く佳代。ふと兆の三白眼と目が合って、ずきり、心臓が痛んだ。思わず口元に手を当て、声が漏れそうになるのを押さえる。アーモンド形の瞳が揺れ、兆の三白眼から目が離せない。

(……つまり、兆、も)


「わかってくれ、勘解由小路。俺たちは何も悪さをしたいわけじゃないんだ。俺たちのことはどうか、見逃して――」

「あっ圭史!」

「っ!?」

 子供を寝かしつけるかのような声は、唐突に突っ込まれた声に掻き消された。アッシュゴールドの髪を揺らして顔を上げると、特徴的なピンク髪が駆けてくる。未だに兆を見つめて固まっている佳代をよそに、ピンク髪――陽刀ひなたは圭史に駆け寄る。

「こんなとこで何してんの? 遊んでんの?」

「まぁ、そうだけどよ。お前こそ何してんだよ」

「いや、ちょっとコピック足りなくなってさ。大急ぎで買いに行ってたの」

「あっそ……」

 興味なさそうに息を吐く圭史、その隣から恐る恐る国近が顔を出す。彼は圭史と陽刀を何度か見比べ、おずおずと問うた。

「……圭史さん、その方は……?」

「……クラスメイトだよ」

「そ! 名女川なめがわ陽刀。よろしくねー。ねえ圭史、こんな時間まで遊んでるってことはどうせ暇でしょ? 折角だから僕の絵のモデルになってよ」

「断る」

「なんでなんで! いいじゃんちょっとくらい!」

「しつこいんだよお前……」

 眉間に皴を寄せ、やれやれ、と息を吐く圭史。疲れ果てたように仲間たちを振り返り、口を開く。

「お前ら、今日のところは解散だ。……俺抜きで適当に遊んでていいぞ」

「うっす。そんじゃお前ら、とりまゲーセン行こうぜ」

「了解ー」

 国近の号令で、少年たちはゲーセンへと向かっていく。兆はふと佳代から視線を外し、歩き出そうとして……再び佳代に視線を向けた。アーモンド形の瞳はどこか泣きそうに揺れていて、親を亡くした雛鳥のように放っておけなくて。彼の小さな唇が開き、捨て猫のような声が漏れ出す。

「兆……」

「……なんだよ」

 佳代は少女のような足取りで一歩兆に近づき、細い腕を伸ばす。ゆっくりと拳を握り――キッ、と彼を睨んだ。彼の旨をボコボコと叩きながら、理不尽を突きつけられた子供のように声を上げる。

「悩みがあるんだったら言えなのだぁ! 僕たちは幼馴染なのだ、心配に決まっているのだ! さっさと吐けなのだ、兆!」

「わ、悪い、いってぇ! 離れろ!」

 無理やり彼の両手を引っ掴み、兆は三白眼で佳代を睨む。しかし佳代は鉛筆のように鋭い視線のまま、むっと頬を膨らませた。そんな彼に毒気を抜かれたのか、兆はふっと肩をすくめた。佳代の手首を掴んだまま、ゆっくりと両手を下ろす。

「……わかったよ、話すよ。……ゆっくり話したいからさ、久々にお前の家、行っていいか?」

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