第6話 擬音祭ッ!
「それで、どーすんの佳代ちゃん」
「どうする、というと?」
「どうやってこの高校をスマートにするか、だよっ」
色とりどりのチョークで器用にお手玉しつつ、
「それは勿論、校則順守を徹底するに決まっていましょう!」
「つっても、具体的にはどうするんだよ。口で言っても誰も聞かねえぞ?」
「強硬手段を使うに決まっていましょう」
グレーのパーカーの生徒の言葉に、佳代は陽刀がお手玉していたチョークの一つを掴んだ。指でスナップを利かせてくるくると回し、黒板に文字を書きつけてゆく。
「まず、週替わりで持ち物検査と服装指導をしましょう。持ち物検査では不要物を持ってきていないかチェックし、持ってきている場合は一日職員室で預かっていただくのです。服装指導では校則に違反した服装の者に口頭で注意を促すと同時に、そうだな……」
「はいはーい! ボクから提案! 校則違反した人の私服にペンキかけるのは?」
「それはダメだ。洗濯するとき困るでしょう」
「あ、じゃあ俺から提案」
面白がるように手を上げるグレーのパーカーに、佳代は促すように片手を伸ばす。一つ頷き、彼は軽くウェーブした黒髪の襟足をいじりながら口を開いた。
「違反者は一日ゴリラのお面つけて授業受けるのは? むっちゃ恥ずかしいよ、あれ」
「いや、ゴリラの面自体が校則違反でしょう! 却下です却下!」
「ちぇー。いい案だと思ったんだけどな」
「何処がですか!」
アイボリーブラックの髪が乱れる。はぁ、はぁ、と荒く息を吐き、佳代は顔を上げる。軽く深呼吸して息を整えると、仕切り直すように手を打ち鳴らした。
「まぁ、この件についてはあとで考えましょう。次です次。他にやるべきことといったら、休み時間の校内巡回です」
「はー!?」
グレーのパーカーが叫ぶと同時に、漫画を読むなりスマホをいじるなりしていた生徒たちが一斉にざわつきはじめる。潮騒のような喧騒を総合するように、一番前の席の銀髪黒マスクが声を上げた。
「めんどくさすぎ草。休み時間遊べないとかしんどみ」
「休み時間は遊ぶためのものではありません! 高校生にもなって何を言っているのですか!」
「佳代ちゃん、やっぱ頭ガッチガチだねぇ。もうちょっとパーッとガーッと、こう、ドーン! みたいになんない?」
「擬音祭ッ! 何が言いたいのか一ミリも伝わりませんよ名女川先輩! 国語の成績クソ雑魚ですかッ!?」
「なんでわかったの!?」
図星だったのか、ピンク髪を揺らしてひっくり返る陽刀。佳代はそんな彼から視線を外し、ズビシッとチョークを突きつけた。
「授業の間の休憩時間はそれぞれのクラスの周辺を見張っておくのだ! ペットボトルのキャップでコイントスする程度ならまぁ許容範囲ですが、それを超えるような校則違反は見逃すな、なのです。この辺りは各人の裁量に任せるが……次の集まりまでにしっかりとしたガイドラインを作っておきます」
「うお、超マジメ」
「昼休みは校内全体の巡回。毎日全員がやると負担が大きいので、当番制で行いましょう。くれぐれもサボらないこと!」
「ちぇー……めんどくせー……」
グレーのパーカーが頭の後ろで手を組み、口を尖らせる。一高での風紀委員の活動を思い出しながら、佳代は高い音を立てて黒板に文字を書きつけていく。
「あとは朝の挨拶運動と遅刻者への指導ですね。これは生徒会と合同ですか?」
「うーん……佳代ちゃん、すっごく言いづらいんだけどこの高校、生徒会ほとんど何もしないよ? 生徒総会の司会したり、学園祭とか体育祭とかの運営するくらいで。サボり癖ある生徒が多いからなぁ……だから風紀委員だけでやっちゃっていいと思うよ」
「はぁ!?」
アイボリーブラックの髪を派手に揺らし、佳代は陽刀の方に振り返った。再び先輩であることを忘れたのか、同じくらい小柄な陽刀の肩をがっくんがっくんと揺すりはじめる。
「どういうことなのです!? 生徒会が仕事しないとか、嘘でしょう!? そんなことあるのです!?」
「何言ってんだよ佳代ちゃん。二高の生徒会は基本的にサボり魔の集まりだ。……最近は無所属2年の……
「……東堂、か」
グレーのパーカーの言葉に、佳代は口元に手を当てて考える。恐らくその東堂とやらは真面目な生徒なのだろう。もしかすると、味方に引き入れることができるかもしれない。しかし、と彼はぷるぷると首を横に振った。チョークを置くと、バン、と教卓を叩く。
「さて、風紀委員諸君!!」
――窓ガラスがびりびりと震えた気がした。熟睡していた生徒が跳ね起き、イヤフォンをしていた生徒が思わず肩を揺らす。全員の視線が自分に集中するのを感じながら、佳代は演説を始める新首相のように口を開いた。
「まず自分たちが校則を守らないでどうするのですか! 校則を守らない風紀委員の言葉に、一般生徒が従うとは思うのですか! 純愛ドラマに出ている俳優が不倫したら、そのドラマ見る気失くすでしょう!?」
「でも今更校則守るとかダサすぎ草」
「甘ったれるな!! なのです!」
スマホから目を離さないまま言い放つ銀髪黒マスクをズビシッと指さし、佳代は言葉を続ける。それはまるで暗雲を照らす一瞬の閃光のように、鋭く、眩しく。
「校則を守るのがダサい? その価値観こそがダサいのです! ダサいの価値観は人それぞれなのは認めるのですけど、ファンシー系に的を絞ったファッションショーにロック系ファッションをぶち込むのを格好いいと思いますか!?」
「それは普通にKY」
「でしょう!? 学校という社会勉強の場でルール違反を犯すことも普通にKYなのですよ! 校則を守りながらスタイリッシュにいきましょうよ!」
「……無理ゲー乙」
やれやれ、と再びスマホに目を落とす銀髪黒マスク。眉間に皴を寄せ、口元に手を当てて考えを巡らせはじめる佳代をよそに、陽刀はポンと手を叩いた。
「てゆーか、いっそのこと校則変えない!?」
「ひ、陽刀ァ!?」
グレーのパーカーの声が裏返る。満天の星のようにキラキラとした瞳で佳代を見つめ、陽刀は彼の手をぶんぶんと振り回した。
「生徒会に掛け合ってさ! もっと皆が守りたくなる校則に変えちゃおうよ! 全校生徒の意見も聞きながらさぁ、色々とこう、ドーン、ズッパーン、ギュイーン! みたいな感じでっ!」
「い、痛い痛いいたたたたっ! 放してください!」
「あ、ごめん」
パッと彼の手を離し、風紀委員たちに向き直る陽刀。佳代を押しのけて教卓に手をつき、子供のように無邪気な声色で言い放った。
「宣言するよ! ボクたち風紀委員の目標は『スマートな青春を送ろう』! いっそこれを標語にしてさ、校風ごとスマートかつスタイリッシュにチェンジさせちゃおうよ!」
「いや、可愛い系の陽刀が言っても説得力ねえよ……」
「
グレーのパーカーにひとつウィンクを飛ばし、陽刀は狭い教壇の上でくるりと回った。天高くピースサインを掲げ、それを目元に持ってくる。大量の星すら飛ばしそうな勢いでポーズを決め、陽刀は堂々と言い放つ。
「ってわけで今年の風紀委員は! スタイリッシュにピューッてやってガーッてやってズッパーン! な感じの活動をするよ! 異論は認めませんッ!!」
「だから擬音祭ッ!!」
佳代のツッコミはひらりとかわされ、壁に反響して消えていった。
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