第5話 あんたが風紀委員長かぁ!!

「さーて皆。今日のホームルームは委員会&係決めだってよー。さっさと終わらせてゲーセン行こうぜ」

「行くな! というか、まず教卓に座るな!」

 教卓に座って脚をぶらつかせる憲太郎に、佳代は席に座ったまま叫ぶ。しかし当の憲太郎はどこ吹く風で金髪をかき上げた。教卓の上にあぐらをかき、満面の笑みで両手を広げる。

「まぁまぁ、固いこと言うなよ佳代ちゃん。じゃあ佳代ちゃんから決めよっか。佳代ちゃんくらいマジメだったら学級委員とか――」

「いいや。風紀委員、一択だ!」

 ズビシッと黒板を指さし、佳代は堂々と宣言した。アーモンド形の瞳が新人政治家のような強い光を宿す。呆然とそれを見つめる憲太郎から視線を外し、兆はたしなめるように口を開いた。

「佳代、本当にいいのか? 多分めちゃくちゃ苦労するぞ」

「いいのだ。僕はこの高校を変えたいのだ。昇龍一高の姉妹校として恥じぬ高校にしてみせるのだ! そのためには風紀委員になるのが一番の近道なのだ」

「……好きにしろよ」

 呆れたように溜め息を吐き、机に突っ伏す兆。そんな彼を起こそうと、机の脇に置いた鞄に手を伸ばしかけて――ガッタァンッ、と派手な音が鼓膜を打った。弾かれたように教卓に視線を向けると、ちょうど某犬〇家のようなポーズで憲太郎がひっくり返っていた。呆然と目を見開き、佳代は恐る恐る問う。

「……何があったのだ?」

「……誰か助けてぇ……」

「おーい! ケンタローが泣いて頼んでるぞー! 誰か助けてやれってー!」

「泣いてねーし! ……って痛ぁ!?」

 バック転の要領で勢いよく跳ね起き、そのまま壁に頭をぶつけて悶絶する憲太郎。不良たちの下品な大爆笑が響く中、彼はよろよろと立ち上がった。懲りずに教卓に飛び乗り、派手に手を叩いて教室を静める。一瞬で潮が引いていくように静かになっていく教室に、佳代はすっと目を細める。

(……こいつ、何故こんなにもあっさりとクラスをまとめられる? ……僕が二高に来るまでに、何かあったのだろうか……?)

「あのさー、佳代ちゃん……風紀委員だけはやめてちょ?」

「断る!」

 研ぎ澄まされた日本刀のような佳代の声に、憲太郎は困り果てたように肩をすくめた。足をぶらぶらとぶらつかせながら、呆れたように口を開いた。

「……こりゃ何言っても無駄だねー。わかったよ、佳代ちゃん風紀委員ね……シゲっち、板書よろしく」

「了解っす!」

 シゲっちと呼ばれた男子生徒が立ち上がり、黒板の前へと進み出る。憲太郎に白いチョークを手渡され、彼は黒板に佳代の名前を書いた。腕を組み、佳代はその様子を満足げに見つめ……もう一段階、目を細めた。教卓に座る兆の表情が、緑色のカラコンが入った瞳が、どこか夜の海のような色を湛えているような気がして。



「……遅いのだ」

 ――その日の放課後、3年5組教室教室。その一番前のど真ん中の席で、佳代は腕を組んでひたすらに目を閉じていた。3時に授業が終わって、既に3時半を過ぎているというのに、最後の一人が教室に来る気配がない。いよいよ辟易し、佳代はバンッと机を叩いて立ち上がった。振り返り、周囲で寝ていたり漫画を読んでいたりする風紀委員たちを見回す。

「誰かまだ来ていない委員の行方を知っている人は――」

「ごっめーん遅くなったー!」

 ――刹那、派手な音を立て、教室にピンク色の頭が飛び込んできた。その頭頂部に若干地毛と思われる茶色が残っていることから、ピンク色は恐らく染色だろう。彼の動きに合わせて学ランの中に着られた水色のパーカーがなびき、ハートを模した銀のネックレスが胸元で揺れる。佳代と同じくらい小柄な彼は、バタバタと慌ただしく教室に飛び込み……佳代を押しのけて教壇に立ち、はぁ、と深く息を吐いた。ぴくぴくと痙攣する佳代をよそに、グレーのパーカーのフードを被った生徒がスマホから顔を上げる。

「おっせーよ陽刀ひなた。また説教?」

「そうそう。歓迎のしるしに1年生の教室の壁に絵ぇ描いてたら、センセーに怒られて。ひどくない? ボクただ1年生に歓迎の意を示したかっただけなんだけど……」

「そりゃ当然怒られますって!」

 勢いよく起き上がり、佳代は陽刀と呼ばれたピンク髪をズビシッと指さした。きょとんと首を傾げるピンク髪に、佳代は烈火のごとく叫びを叩きつける。

「歓迎のしるしだからって教室の壁に直で絵ぇ描く人がいますか!」

「ボク」

「あなただけでしょ! だいたい誰なんですかあなた!」

「え、ボク?」

 きょとんと目を丸くして、ピンク髪はパッと両手を広げた。子犬のような満面の笑みがその表情を満たす。彼は教室に向き直ると、子供のように無邪気に口を開いた。

「それじゃー自己紹介ね! 3年5組、名女川なめがわ陽刀ひなた。こう見えて去年の秋から風紀委員長やってるんだ、よろしくね!」

「あんたが風紀委員長かぁ!!」

 思わず腹の底からツッコミが沸き上がった。溶岩ドームが噴火するがごとくの絶叫に、陽刀は頭上にはてなマークを浮かべる勢いで首を傾げる。先輩であるということも忘れてそんな彼の肩をがっくんがっくんと揺らしながら、佳代は烈火のような絶叫を響かせた。

「風紀委員長が堂々と校則破ってどうするのですか!! 髪を染めるな、制服は生徒心得の指定通りに着ろ!! そして壁に絵を描くな!! せめて許可を取ってください!!」

「許可取ろうとしても下りないじゃん」

「だからやめろと言っているのです!!」

 言い放ち、ぜぇはぁと肩で息をする佳代。陽刀はそんな彼をしばし眺め、ふと腕を組んだ。彼のアイボリーブラックのふわふわ髪を見つめ、はしばみ色の瞳をすっと細める。

「君、名前は?」

「か、勘解由小路かでのこうじ、佳代なのです」

「ふーん……佳代かぁ。佳代ちゃんでいっか、女の子みたいな顔してるし」

 佳代の顔立ちを、アーモンド形の瞳を眺め、陽刀は頭の後ろで腕を組む。ピンクに染められた髪がふわりと揺れた。彼はどこか現状に不満を持つ青年のように、気だるげに口を開く。

「佳代ちゃんさぁ、ルールを押し付けて縛るの、よくないと思うよ。そりゃ必要最低限のルールは守らなきゃ、社会生活なんてやっていけないけどさ。でも、髪色とかファッションくらいいいじゃん。誰にも迷惑かけてないでしょ? ボクは生徒の自由を尊重したいんだよ」

「ふっ。出ました、校則違反常習犯がよくする言い訳!」

 腰に手を当て、佳代は獅子のように不敵に笑う。そのまま陽刀をビシィッと指さし、堂々と口を開いた。

「校則は何も生徒を縛るためだけに存在するのではないのです。習慣というものはなかなか抜けるものではないでしょう? 学校教育で校則を守る習慣をつけさせることで、将来社会の規範を守れる人材を育てるのです」

「だからって髪色まで指定する意味なくない? そんな細かいところまで指定されるなんて、まるでディストピアだよ」

「甘ったれるな! なのです!」

 ズビシッ、と佳代は陽刀の鼻先に指を突きつけた。その瞳に女神が振るう剣のような鋭い光が宿る。しかしそれでも能天気に首を傾げる陽刀に、彼は異議を唱える弁護人のように声を上げた。

「社会に出たら理不尽なルールが山とあるのです! 『上司の指示を聞く際は指示を復唱しろ』『先輩社員が席を立つ前に休憩に入るな』『乾杯の時のグラスは目上の人よりも少し下げろ』その他諸々ッ! そんな一挙手一投足を縛るような事細かなルールに比べれば、校則などシュークリームのようなものなのです!」

「いや、シュークリームって作るの結構難しいよ?」

「知らんッ!」

 ポイントのずれた突っ込みをバッサリと切り捨て、佳代はさらに言葉を続ける。まるで戦の女神が旗を振り回すような響きだが、それでいて妙に地に足がついていて。

「エブリタイム同調圧力の祭りである日本、その心臓たる東京、国分寺市。そこに位置する二高の生徒たちとて、『不良であれ』という同調圧力……いや、を受けていないと何故言い切れるのです? どうせならスマートにやろうではないですか。わざわざ反抗して無駄なエネルギーを使うより、もっとマシな方向に青春を費やそうではないですか!」

「意外とドライだった!」

 はしばみ色の瞳をさらに見開いてひっくり返る陽刀。謎の大演説を終え、佳代は試合を終えた直後のバスケ選手のように額の汗を拭くのだった。

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